メドジェの歌とその波紋
「あの歌は、私のような魔獣に変わる者と、魔獣にはならないメドジェ族全ての者たちのための歌なの」
タバコを一服した後、はにかんで新しいタバコをクニャクニャさせながらキャリンは語り始めた。
この歌は最も強い魔獣である、青い空と同じ色の瞳を持つ狼の誕生を祝う歌。「狼は元気に育って民を守れ、民は穏やかに勤勉に生きよ」と諭す平和を願い自然と共に生きる歌なのだそうだ。
私はキャリンと一緒に歌いながら男文字で詳しい歌詞をお試し用の紙に書き散らしていく。
相変わらず妙になよなよした男文字なのが嫌で、途中でわざと余計にいかつく書いてみたりした。
自分ではいいのか悪いのか分からないが、向こうが自由に判断してくれるだろう。
とりあえずあの美味しい夕食の料金を後で請求されないことを祈るのみだ。
「……いつも文字を見るたび、雪の結晶のようだと思うのだけれど」
キャリンがため息をついた。
男文字を雪の結晶だなんて、案外キャリンはロマンチストである。
「あなたの文字は絵のようね」
「……え?」
訳が分からず聞き返すと、キャリンがちょっとむくれている。
「ご飯の食べ方といい、文字の書き方といい、お育ちが出ているなって思うのよ。私はしょせん野蛮な魔獣に変わる辺境の民だからね」
「そんなことないわ。魔獣に変われるなんてすごいことじゃないの。今日だってとても早くて素敵な旅だったし、戦になれば竜使いの騎士よりも強いんでしょう?」
「魔獣なんて見下されるだけよ」
「私なんか母国ハポンから国外追放よ。嫌われ者なんだから」
不幸自慢は湿っぽくて嫌いだ。
「キャリン、あなた、自覚があるでしょうけれどすごい美形じゃない」
「私はもとがいいと言われるけれど、どう飾ればいいか分からないの。自分に似合う服が分からない。古着屋でセンスってこういうことかって思ったわ」
それについては自信がある。
私は胸を張って言った。
「センスはお金をかけた分だから!大概の女を一段と磨く自信があるわ!」
「でも、化粧は濃すぎるわね」
「ハポン国とメーユ王国ではきれいな化粧の基準が違うみたいなのよ。これについては研究の余地があるわ」
化粧を研究、とつぶやくとキャリンはくくくっと笑った。
「美容家にでもなればいいのに」
「そんな職業あるの?」
「知らないわ、思いつきよ」
思いつきか。でも悪くない。
地方都市と王都でも違うだろうが、とにかくメーユ王国の女たちを良く見てみよう。
そうすれば、王都について街着を仕立てる時にも役立つはずだ。
性格はすぐには直せないけれど、せめて外見だけでもお気に入りの自分でいたいのである。
文机を片付け、墨を乾かすために紙をそのままにしておき、灯りを消して、私たちは安らかな気持ちで眠りに落ちた。
キャリンは案外いい奴のようである。
キャリンにとって私もそうだといいな。
***
翌朝、身支度を整えて私が香りの高いお茶を飲み、キャリンがタバコをふかしていると、ドアがノックされてコリャンがあらわれた。
昨日の書き散らした紙がそのままである。
あわてる私たちをよそに紙に飛びついてしばし、コリャンが叫び声をあげた。
「何と素晴らしい文字と詩でしょうか!」
歌詞までオリジナルだと思われては困る。
私は悪役令嬢スマイルで言った。
「和平協定の儀で歌われた辺境の民の歌を訳したものなのですよ」
「あの歌にはこのような意味が……!ああ、ボルフに連絡しなくては!いや、サリラ様に直接お送りした方がいいのか?」
止める間もなくコリャンは紙を持って出ていき、美味しそうな朝食と私たちが残された。
仕方ない、待っていては朝食が冷めてしまう。
私はひらりひらりを意識しながら、キャリンは勢いよく食べてゆく。
「粥ってハポンにいたころは病人食だと思っていたけれど、メーユの粥はしみじみ美味しいわ。さらっとしているのに粒が残っていて食べ応えがあるし、米自体の旨味が出ている。辛い、酸っぱい、いろんなおかずを混ぜながら食べるのも飽きなくて楽しいの」
「メドジェ族の粥はもっと美味いのよ。土地がよくて水がいいから」
「いいわねぇ、行ってみたいわ」
「歓迎よ。高地なせいもあってなかなかよその人が来ないから」
「ところでこの甘い栗は粥に混ぜるのかしら?」
「食後に食べるんじゃないの?こんな上等な料理はちょっと分からないわ」
甘い栗を食べ終わった私が香りの高いお茶を飲み、キャリンが食後の一服をしていると、ココン!と扉が叩かれ、勢いよくコリャンが入ってきた。
「転送の魔術具で確認したところ、ボルフと大商人サリラ様があなたの書を買いたいとおっしゃっています!偶然ですが、まもなく和平協定の儀から10年、節目の年に新しいメドジェの曲の魔術具を発表する予定もあるので、一緒に売り出したいということなのです」
サリラって誰だ、偉い人なのかなと思いながら私は悪役令嬢スマイルを崩さない。
隣のキャリンを見ると、ボルフ、とつぶやいて呆然としていた。
「知り合いなの?」
「全ての辺境の民の恩人よ。一度会ってお礼が言いたかったの」
「じゃあ、そうさせてもらいましょう」
「私ごときが会える人じゃないわ」
「キャリンは私と一緒にメーユに行ってくれるんじゃないの?ついでに会えばいいわ」
一緒に過ごしたのはまだたった一日だけれど、私はこのずけずけとものを言ってくる奇妙な女ともっと親しくなりたいと思いだしている。
メドジェ族の歌と踊りは素敵だし、マナーの観念を吹き飛ばす食べっぷりが気に入った。
なんだかんだと荒っぽいが、メーユ王国での振る舞いを教えてくれる指南役にもなる。
「サリラ様が一刻も早く首都に来てほしいと言っておいでです。よろしければ我が宿に一筆いただいて、お発ち下さい」
ちょっと考えて、なよなよとした男文字で「歓迎」と書く。
墨を乾かす間に旅の支度を終わらせてくれと急かされて、私とキャリンはあわてて荷物を詰め込んだ。
竜を使えと勧められ、費用が向こう持ちということでありがたく乗らせてもらうことになった。
竜は庶民には使えないが、サリラ様は国から位を受けているので特別に動かせるのだという。
普段は人を乗せてばかりらしいキャリンがびくびくしているのが面白い。
「早く乗らないと迷惑よ!」
一見いさましいキャリンが涙目で竜の皮にしがみつくのをみんなが笑いをこらえて見ている。
悔しそうに私をにらんでも無駄だ。
余計笑っちゃうよ。
竜が細かく羽を震わせて飛び立ち、キャリンが押し殺した悲鳴を上げた。
ものすごい速度で移動しているようだが、竜使いの騎士が何か魔法を使っているらしく、髪がなびく程度で風圧はほとんどなかった。
みるみるうちに街が小さくなってゆく。
「キャリン、ご覧なさい!ハポンまで見えてしまいそうよ!」
「目を開けたら気を失うわ!」
「あはははっ、最高ね!」
空は青く高く、砂漠は日を反射して白く光る。
雲の上は凍えるほどだったけれど、竜使いの騎士が上掛けを貸してくれて暖かく、私はごきげんだった。
……そう、私は油断していたのだ。