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メーユ王国の旅

馬を買うかと持ちかけられた私は即座に断った。


「あなたは魔獣に変われるでしょう?乗せてはもらえないの?」


キャリンは戸惑う顔を見せる。


「確かに和平協定を結びはしたけれど、魔獣に変わる辺境の民を良く思っていない人は多いのよ。大っぴらに乗って移動してもいいの?私はいいけれど」

「魔獣に乗れるなんてめったにない機会だし、魔獣はとても早く移動すると本で読んだわ。あなたもなるべく早くこの仕事を終えたいでしょう?別に料金がいるなら出すわよ」

「別料金はありがたいわ」


交渉成立である。

あとは市場で干した肉や保存のきく野菜、干して乾かしたご飯、簡単な調味料を買った。

基本的には宿に泊まるが、万が一のため野宿用のセットも用意する。


「お嬢様には物足らない食事だろうけれど、まあ、我慢してよ」

「ああ、大丈夫。私、服以外にはこだわらないタイプなのよ」


衣食住の衣に特別こだわる私は、残りの食と住に対する執着が薄い。

さすがに野宿には慣れないだろうけれど、庶民時代なんて本の数だけがとりえで床に穴が開いて壁にひびが入った家だったもんね。

マナーに自信がない食事もあまり楽しくないから好きではない。

古着屋で試着に試着を重ねて選び抜いた街着で、ささやかながらも組み合わせで最大限に楽しめればよいのである。

王都に落ち着いたら服を仕立てればいいし。

街を出て、人目につかない所まで歩くと、魔獣の毛皮をまとってキャリンは狼に変わった。


「一番強いとされる魔獣ね」

「よく知っているわね」


荷物一式を背負い、私をくわえて背中にひょいと乗せてくれるとキャリンは一気に走り出す。

……すごい速さ!すごい風圧!


「首が!折れる!」

「ああ、たまにあるのよ。貼りついていてね」


先に言ってちょうだい!



***



狭くて平和なハポン国と違ってメーユ王国はついこの間まで国土拡大戦争を続けていた。

今も広大な土地を持つ巨大国家なのである。

協定を結んでいたメーユ王国からから要請されて援助出軍したおじいさまは、血で血を洗う戦場を見たらしい。


「争うことはいけないよ。なるべく人畜無害に暮らしなさい」


というのが母さんから伝わるおじいさまの教えである。

それに背いてお義姉さまをおとしいれようとし、私は見事に落ちぶれてしまった。

これからはおじいさまの教えどおりに生きるのだ。

首都メーユはとにかく遠い。

山、砂漠、川を越えてたどり着けずに死ぬ者もいるらしい。

しかし私たちはSランクの冒険者である。

切り立った岩山、くねくねと曲がった川など、山水画のような景色をびゅうびゅう飛ばして走り抜けるのは気持ちいい。

首に負担のかからない乗り方も覚えて、一日の終わりにはすっかりキャリンの背中がお気に入りになっていた。

日暮れ前にグレタよりも大きな町、モンロにたどり着く。

主要都市の一つだという。


「もう、首都は近いのかしら?」


と聞けば、


「このペースなら15日くらいで行けるわね」


と返された。

大きいな、メーユ王国。

竜を乗り継げばもっと早く行けるらしいが、そんなことができるのは王族くらいだということ。

まあ、モフモフのキャリンの背中が私は好きよ。

急ぐ旅ではないし、全然問題はない。

冒険者ギルドに行って、街で一番の宿を紹介してもらう。

背中に乗っていただけの私はともかく、キャリンには一日中無理をさせてしまったし、ねぎらいたかったのだ。


「もったいないわよ。せめて同部屋にしましょう」


という堅実なキャリンの提案で、広い二人部屋を取った。


「歌って踊るのに助かるわ」


……疲れているのに歌って踊る?


「私の生まれ育ったメドジェ族では、一日の終わりに歌って踊って魔力を貯めるのよ。その魔力で獣の衣をまとって魔獣に変わるの」


本に書いてないこともあるのね。

宿帳にサインしようとして、男文字だらけなのに気づいた。

別に客が男だけだという訳ではない。

女も男文字でサインをするのである。


(本当にメーユ王国に来たのねぇ)


と思いながら筆を滑らせる。

久しぶりに書いた男文字は、女文字のクセが強く出てしまった。


(一人だけ浮いている……)


まあ仕方ない。

次に筆を握ったキャリンが、ぎくしゃくと筆を動かしてサインした。


(辺境の原住民族は口伝で、文字がないというけれど、努力したのね)


目立つ二人分のサインが宿帳に並んで、私たちは部屋に通された。

しばらくゆっくり過ごして、夕食時になったら部屋に食事を持ってきてもらうことにした。


「魔獣の衣をつけた私と、世間知らずそうな街着のあんたの組み合わせなんて目立って仕方がない。あまり外には行かない方がいいわ」


とキャリンが言ったのだ。

しかし、食事はなかなか運ばれてこない。

キャリンのお腹が「ぐう」と鳴って、宿の者に催促しよう、と言おうとした瞬間に扉が叩かれた。

現れたのは小太りの人のよさそうな、でも眼が油断なく輝く中年の男。


「お待たせいたしました、この宿の主、コリャンでございます。食事を運ばせていただきました。どうぞお召し上がりください」


……宿代は確かに前金で払ったけれど、こんな豪華な夕食が出てくるはずはない。

悪役令嬢だった時代よりも手の込んだ美味しそうな多くの品々が並んでいる。

しかも宿の主がみずから運ぶって、おかしいでしょ?

コリャンはそのまま食事をする私たちの後ろで控えている。

私たちは気まずい気持ちで食事に手を付け、しかしすぐその美味しさに夢中になった。


「パオツってハポンではベチャッとしているけれど、この小麦がほの甘いフカフカな感じは、さすが本場って感じね!」

「煮豚が口の中でとろけるくらい柔らかくて臭みがなくてジューシーなのに脂っこくない!味付けもピリ辛で最高よ!」

「この青菜の炒め物、シャキシャキ具合が完璧!良い油と塩だけがシンプルで美味しいわ~!」

「かき卵入り豆乳スープのとろみと酸味が絶品!」


私はパオツを少しずつちぎりながら食べ、その他の料理を皿に取っては食べて絶賛する。

お向かいに座ったキャリンは、がつがつとすごい勢いで食事を片付けていく。

さすがは魔獣である。


「ヘンリエッタ、この骨付き肉いらないなら私が全部もらうわよ?」

「食べるわよ!食べ方が分からないの!」


コリャンがすかさず後ろから言ってくる。


「キャリン様と同じようにかぶりつけばいいのですよ」


……かぶりつく?

びっくりした私をからかうようにキャリンが言う。


「お嬢様は骨付き肉の食べ方も分からないんでしょう。パオツの食べ方もスープの飲み方もさすがって感じよ」

「……そんなの、見せかけよ。骨付き肉はかぶりつけばいいのね?」


えいやっと大きな骨付き肉を両手で持って思い切ってかぶりついた。

口も手も脂でベタベタテラテラでみっともない。

しかし、恥ずかしいけれどそれ以上に美味しい!

ただの焼いた骨付き肉だと思っていたら、複雑な旨味でびっくりする。


「骨髄のエキスが周りの肉にしみ出して、このような味になるのでございます」


おお、さすが地方とはいえ主要都市のひとつ。

私たちがすっかり満足して食事を終えると、コリャンは廊下に控えていた使用人に空になった食器を下げさせた。

そして、おもむろに大きな紙を数枚と筆、墨を私たちに示した。


「宿帳のサインから、名のある書家とお見受けしました。我が宿の玄関に一筆いただけないでしょうか?」

「……は?」

「あの独特の流れるような美しい文字、私の目はごまかせません。あなた様がもしまだ無名ならば必ずこれから世に広まるでしょう。ぜひ、この紙に書いていただけませんか。宿の玄関に飾りたいのです」


あの、妙になよなよした男文字が良くて、この食事が出たのならば喜んで書きましょう。

ついでに朝食もよろしくお願いします。

という言葉をいかに上手に言おうかと悩んで、5年間の悪役令嬢生活で鍛えた必殺技「ただ上品に微笑む=肯定」をすると、コリャンは大喜びした。


「お試し用に紙を余分に置いておきますので、どうぞお使い下さい!そして、気のすむまでお泊り下さい!」


えっ、いつまでもいていいの?

悪役令嬢時代の部屋と比べても結構いい部屋よ?ここ。


「あなた様のような文化人を迎えることは我が宿の名誉でございます!」


戸惑う私と満腹で満足そうにタバコをふかすキャリンを残してコリャンは去って行った。


「墨をすらなくちゃ……」

「しばらく居て良さそうだから、今夜急がなくてもいいんじゃないの?」

「今日一日で色々あったし、墨の香りをかいでいると安心するのよ」


庶民時代は母さんの手伝いで読み書きすることに親しんできたのだ。

文机に向かってスーッ、スーッと私は墨をすり始める。

タバコを吸い終えたキャリンが後ろで手拍子を打ちながら歌い始めた。

聴いたことのある変拍子。

歌い込んでいるのだろう、見事な歌声だ。

ふり向いてキャリンを見て、心を奪われた。

黒紺の毛皮をひるがえしてキャリンは踊る。

それは美しいというよりむしろいさましく、素朴でもある。

歌声はのびやかだ。

意味が全く分からないけれど、不思議に魅力的なその歌と踊りに、私はすっかり惹きこまれた。


「……何を見ていたの?」


息を切らせたキャリンが、不思議そうに聞いてくる。


「あなたの歌と踊りよ。見事だったわ。それは、メーユ王国と辺境の民の和平協定の儀で歌われたものでしょう?」

「そうよ。よく知っているわね」

「おじいさまからゆずってもらった魔術具に音だけ入っていて、意味をずっと知りたいと思っていたの。教えてくれる?その後でもう一度歌って欲しいわ」

「魔力が満ちたから今日はもう歌わないわ」

「ケチね」

「一人で歌って踊るのって寂しいのよ」

「じゃあ、私が意味と歌詞を覚えて一緒に歌うわ」

「えっ」


何を驚くことがあるのだろう。

幼いころから親しんでいた歌だ。

せっかくの機会だし、いいではないか。


「そんな物好き、初めてよ。ただ、そんな複雑な歌じゃないの」

「もったいぶらないで早く教えてよ」

キャリンは少し困ったように微笑んで、いいわ、と答えた。

パオツは包子、中に餡が(肉でも小豆でも)入っているものが饅頭マントウだった、かな?

多彩なおかずの仲介役というか、ご飯のような感覚で食べられていたはずです。


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