道案内と護衛を探すのだ
結婚前の母さんはメーユ王国への移住を真剣に考えていて、できる限り調べては私に話してくれていた。
首都メーユの王宮では騎士団と文官が定期的に募集されていて、身分を問わず応募できること。
さらにメーユ国では男文字、女文字、数字が男女の区別なく使えて、女でも表で仕事ができること。
一見、とてもいいように思えるけれど、自分を振り返ってみる。
生まれてから10年ちょいは庶民の暮らしだったけれど、貴族の暮らしに浸かって5年、世間からずれているはずだ。
最近のメーユ国に関しては全くの無知。
庶民の頃からお手伝いさんがいたため家事全般が苦手。
(首都メーユで何かの商人になってみるか、雇ってもらう?それとも王宮に文官として仕える?)
しかしそれにはまず首都にたどり着かなくてはならない。
道も分からない私が一人で行くのは不可能だ。
幸い私が放り出されたのは国境の町として栄えるグレタ。
場所を人に聞きつつ冒険者ギルドへ向かった。
(気のせいかしら?なんだか、道行く人が私を振り返る?)
ギィ、と古びた扉を開けて、冒険者ギルドに足を踏み入れると、にぎやかだった人の話し声がピタリと止まった。
かまわずに受付窓口のお嬢さんに向かって歩く。
私が着ている一番粗末なドレスよりも彼らの服は簡素で汚れていた。
「最短で安全に首都メーユへ行きたいの。女一人だから道案内兼護衛をしてくれる人が欲しいのよ。あと、魔法使いとして登録をしたいわ」
奥の応接室に通され、書類を出されて、項目に筆で次々と記入していく。
出した書類に間違いはないはずなのに、ずいぶんと待たせられた。
扉の向こうで言い争っている声を聞いてみると、
「あの金払いのよさそうな上客を誰が取るか争奪戦」
が繰り広げられているのだと分かって、ふぅ、とため息をつく。
ぼったくられないように気をつけたいけれど、基準が分からない。
ここのギルドの良心にすがるしかないわ。
ちょっと薄いお茶を飲みながら、待つことしばし。
「魔法使いの登録が終わりました。あと、道案内の者と顔合わせをしていただきます」
お嬢さんが扉を開け、入ってきたのは……ものすごい美青年だった。
黒紺の毛皮をまとい、同じ黒紺の髪に金茶の瞳。
整った顔である。手足が長くて素晴らしいスタイルである。
「あれ?胸がある?」
と思わず言った私に彼は顔をしかめた。
「あんたこそその立派な胸。寄せて上げて塗って巻いて、一体どうなってるの?」
「塗って巻いては化粧と髪のこと?余計なお世話よ」
「これから世話をするから言うのよ。そもそもそんな恰好で街を歩くなんて正気なの?妓女じゃあるまいし。それともハポンではそれが常識なのかしら」
……こいつは、女か!
私も顔をしかめた。
ハッキリ言って私は女に好かれるタイプの女ではない。
というか、贅沢三昧に甘やかされた悪役令嬢の自覚をしたばかりだ。
私と彼女の間に立ったお嬢さんがおろおろする。
「お気に召さなかったでしょうか?当ギルドで一番強い者なのです」
少し考えて、いいえ、と私は答える。
「この人と契約させてもらいます。どうぞよろしく、私はヘンリエッタ」
女同士の方が何かと面倒がないし(主に肉体関係面で)、どうせ首都に行くまでの限られた期間なのだ。
気が合わなかったとしても割り切ればよい。
美青年……いや、美女は私に向かって手を差し伸べた。
「私はキャリンよ。こちらこそどうぞよろしく」
私たちは握手を交わし、契約の書類に血判を押した。