アコンプリス
「畜生! なんで俺がこんな目に合わなきゃならねえんだ!」
ラムダを追放してから数週間後、ライデンは悪態を尽きながら夜の森を走っていた。
無能なラムダを追放し、使える新人が加入したライデンのパーティーは上がり調子だった。
ある日、依頼達成の祝賀会を街の酒場で行っていた時、ギルドの調査員を名乗る男が現れた。
ラムダを追放した際、やつの装備と金を奪ったのは明らかな犯罪行為なのでギルドに出頭するよう言ってきたのだ。
「俺に命令するんじゃねえ!」
泥酔していたライデンは一瞬で頭に血が上り、ギルドの調査員を剣で斬り殺してしまう。
最悪だったのは、大勢の前でやってしまったことだ。これが人気の少ないところなら、いくらでもごまかしは聞いた。
こうしてライデンはお尋ね者となり、ギルドからマンハンターが派遣された。
マンハンターは犯罪者となったハンターを殺すハンターだ。
ライデンたちは強力な魔法を使うが、しかしろくに研鑽はしてこなかった。しなくとも、ただ魔法を使うだけでヤードポンドモンスターは倒せるからだ。
一方でマンハンターは魔法を使う危険なハンターを殺すための技術を磨き、戦術を研究している。
結果は明らかだった。
まずラムダの代わりに入れた新メンバー(知り合ったばかりなので名前は忘れた)がやられた。それからスカーレットとアルトも死んだ。3人共、魔法を使う機会すら与えられず、戦いが始まる前に負けた。
ライデンがまだ無事なのは仲間を囮にしたおかげだ。
暗い森を走っていたせいで木の根に足を引っ掛けてしまい、ライデンは顔面をしたたかに打つ。口の中に屈辱的な土の味が広がった。
「ああ、クソ! 全部ラムダのせいだ! あいつがギルドにチクってなければ、こんなことにはならなかった! 殺してやる。あの無能なメートル野郎を絶対に殺してやる!」
その時、どこからともなくクスクスと少女の笑い声が聞こえてきた。
「誰だ! 俺を嗤うんじゃねえ!」
ライデンは闇雲に〈電撃の魔法〉を放ち、周囲の木々を破壊する。
空を覆っていた木々が倒れ、月明かりが差し込む。
黒い装束に身を包んだ少女がいた。笑い声の主だろう。
ゾッとするほどの美貌を目の当たりにし、ライデンはしばし呆然とする。
「あなた、メートル法の民を殺したいの? だったら力を貸してあげる」
蜜のように甘い毒がメートル法を蝕もうとしていた。
●
里の近くの森でヤードポンドモンスターが現れたと知らせを受けたラムダは、即座に現地へと向かった。
そこにいたのは二足歩行するトカゲのような姿をするヤードポンドモンスターだった。
「バスターリザードは右腕部のパイルバンカーに注意してください」
「ちゃんと避けろってことだな。改良してもらった防具が早速役立ちそうだ」
里帰りして1ヶ月。ラムダは里の周囲にいるヤードポンドモンスターを討伐し、そこから得た素材でサイドアームが防具にさらなる改良を施してくれた。
防具の各所には着用者の魔力を噴出して高速移動を可能とするスラスターが取り付けられている。
さらには防御力そのものと、インナースーツの筋力補強効果もアップグレードされていた。サイドアームが産まれた時代ではこういう防具をパワードスーツと呼ぶらしい。
「いくぞ」
ラムダは踏み出すと同時にスラスターを使う。10メートルは離れていたのに、一瞬で剣の間合いにまで狭まった。
バスターリザードの反応は早かった。すでにラムダの頭を狙ってパイルバンカーを繰り出そうとしている。
パイルバンカーの激発音が森中に響く。だが杭の先にラムダはいなかった。
バスターリザードの胸から刃が飛び出る。一瞬で背後から回ったラムダが背中から突き刺したのだ。
「お見事ですラムダ。パワードスーツの機能を十分に使いこなしていますね」
「ああ、頑張って練習したからな」
この短期間で、新しい装備を使いこなせるようになったのは、ひとえにサイドアームから与えられた力を無駄にしたくないというが気持ちがあったからだ。
「なあサイドアーム。いつも討伐についてくるが、危ないから里で留守番してた方が良いんじゃないかな」
「ラムダの懸念はもっともです。ご覧の通り私は可憐な美少女型アンドロイドですからね」
里に帰ってから1ヶ月。打ち解けてきたのかサイドアームは時折ジョークを言うようになった。
「ですが私はヤードポンドスレイヤーの支援機として設計されました。あなたに同行出来る程度の戦闘力は持っていますよ」
「まあそうなんだが」
人から魔力供給してもらう必要があるものの、サイドアームは攻撃用の魔法も使える。
魔力もある程度は貯蔵可能なので、そこそこ長く戦える。
実際ヤードポンドモンスターの群れを相手にした時はサイドアームにも戦ってもらった。
だがラムダにとってサイドアームは人生を変えてくれた幸運の天使なので、危ない目に合わせたくなかった。
「それよりパワードスーツの具合はどうですか」
「最高だよ」
言葉は少ないが、しかし最大限の賞賛の気持ちがこもっていた。
「それはよかった」
それを感じ取ったサイドアームが微笑む。ラムダは彼女にためなら命など惜しくないと思った。
「ラムダ」
突然、サイドアームの顔が険しくなる。
ラムダは剣を構えて周囲を警戒した。
「お前は弱っちいくせに勘は鋭いよな。いや、弱っちいからこそか?」
聞き慣れた、今となっては不愉快な声が聞こえてきた。
「ライデンか!」
数日前、メートル法の里にライデンの手配書が届いていたのを思い出す。
「お前、その体……機械になっているのか?」
かつて仲間だった男は変わり果てた姿になっていた。
「サイボーグ手術などこの時代の人間には出来ないはずです」
「あら、技術を持つのがあなただけだと思わないことね」
邪悪さを秘めた美貌を持つ少女がライデンの背後から現れた。
「あなたは?」
「私はアコンプリス。一言で言うなら、帝国製のあなたよ」
「あなたが、ライデンをサイボーグにしたということですか?」
「ええそうよ。とても素敵でしょう?」
アコンプリスと名乗った少女は毒花のように笑った。
「そうとも! 俺は生まれ変わった。もうマンハンターすら怖くねえ!」
ライデンが腰の剣を抜く。
ラムダは〈測量の魔法〉を使った。相手の武器の長さは戦いにおいて重要だ。
返ってきた数値は91.44センチ。ヤードポンド法ではきっちり1ヤード。
「俺にはこの体と、〈ヤード原基の魔剣〉がある!」
ライデンは一瞬で間合いを詰めてきた。機械の体になったことで、以前とは比べ物にならないほどの瞬発力だ。
ラムダは〈メートル原器の魔剣〉で相手の剣を受け止める。
敵の剣はぴったり1ヤードなので、魔剣の力で破壊されるはずだが、しかしそうはならなかった。
「ち、壊せねえか。力が正反対だから相殺されたのか?」
「やはりその魔剣の効果は……」
「そうとも。この魔剣はメートル法の意思が宿る全てをぶっ殺す!」
ラムダは相手の剣を弾いて間合いを取る。
「俺は生まれ変わった! 今の俺はてめえらメートル法のゴミ共を狩る、メートルスレイヤーだ!」
ライデンは〈ヤード原基の魔剣〉を見せつけるように構えた。
「ラムダ、彼は任せました。私は粗悪な海賊版の方を対処します」
サイドアームがアコンプリスを睨む。
ラムダの中で手分けして一対一の状況に持ち込むべきとする合理性と、サイドアームを守りたいと思う男の意地がせめぎ合う。
「頼んだ」
葛藤は一瞬だ。ラムダはサイドアームを信頼すると決めた。
この場にいる全員がそれぞれ動く。
メートル法とヤードポンド法の雌雄を決する戦いが始まった。