メートル原器の魔剣
遺跡は本当に街のすぐ近くで3時間も歩けば到着した。
入り口に立つラムダは早速、〈測量の魔法:製図の型〉を発動させる。彼が羊皮紙に手をかざすと、ひとりでに地図が書き込まれていく。
図の横には通路の幅や長さを示す数値も記される。ヤードポンド法では切りの良い数字で設計されているために、メートル法表記ではかなり中途半端な数字になる。
それをラムダは斜線で消して、ヤードポンド法に変換して追記する。
メートル法をヤードポンド法に置き換えるのは日常的にやっていることだが、ラムダはこの作業がいつまでも慣れなかった。
やり方がちがうというだけで、メートル法とヤードポンド法に優劣や良し悪しは無いと分かってる。
分かっているが、自分の中のメートル法をヤードポンド法に変えるたび、自らの魂を否定されるような苦痛を感じてしまう。
数値の書き換えは終わったが、まだ仕事は残っている。魔法で作った地図と実際の構造にズレがないか確認するのだ。
一通り内部を回ってみると地図上では部屋があるはずなのに、実際にはそこへ入るための扉が見つからない。
隠し通路。ハンター特有の探究心でラムダの鼓動が早まる。
調べてみると、目立たないところにスイッチがあった。それを押すと、重い音を立てながら壁の一部が開いて隠し部屋が姿を見せる。
隠し部屋の中には少女が眠っていた。
いや、少女ではない。生身の人間と見間違えるほど精巧に作られた機械仕掛けの人形だ。
人形は剣をひしと抱きしめている。
ラムダが人形の顔を覗き込んだ時、ぱちりと目が開いた。
「うお!?」
まさか目覚めると思わなかったラムダは、驚きで声を上げながら後ずさる。
人形はそのまま起き上がり、ラムダをじっと見る。
「あなたはメートル法の民ですね」
鈴を転がすような声が人形から発せられる。
「たしかにそうだが、どうして分かった?」
「あなたの中からメートル法遺伝子を検知しました」
よくわからないが彼女はメートル法の民を見分けられるらしい。
「剣を使った戦いの経験はありますか」
「あ、ああ」
呆気に取られていたラムダは反射的に答える。
「では帝国の勢力圏から脱出するまでの間、あなたを一時的にヤードポンドスレイヤーに任命します」
「いや、待ってくれ。君は何者なんだ?」
「私はサイドアーム。ヤードポンドスレイヤーの支援を目的に作られたアンドロイドです」
「そのヤードポンドスレイヤーってのはなんだ?」
どうやら自分は何らかの役割を任命されたようだが、どのような役目があるのかラムダはわからない。
「ヤードポンドスレイヤーはこの〈メートル原器の魔剣〉で帝国と戦うメートル共和国の戦士です」
サイドアームは先ほどまで抱き締めていた剣をラムダに差し出す。
ラムダはその剣を手に取り、鞘から引き抜く。眺めていると違和感があった、この国で一般的な剣の長さとは違う
気になったラムダは〈測量の魔法〉で剣の長さを図る。
「ああ!」
すると驚くべきことに、この剣は刃の先端から柄頭までの長さが完璧な1メートルだったのだ!
メートル法の精神をそのまま形にしたかのようなそれは、ラムダは奇妙な愛着を持ち始めた。
15歳に故郷を出て2年。なれないヤードポンド生活に苦しみ続けたラムダにとって、この剣からメートル法が母親のごとく抱きしめてくれるような暖かさを感じた。
「ラムダ、早くここから脱出しましょう。ここは帝国の基地です。いつ敵兵が来るか分かりません」
「いや大丈夫だ。なぜなら帝国はとっくの昔に滅んでいるからな」
「説明を願います」
ラムダは現代の状況について簡単に説明した。
「そうですか。その様子ですと、共和国も帝国と同様に滅んだようですね。しかし、小国だったとは言え、まさか歴史から完全に忘れ去られるなんて」
サイドアームはどことなく悲しそうだった。
「だが、メートル法の民は今も生きてる」
「なら彼らのところまで案内してもらっても良いですか? 今の私にとっては彼らと共に過ごすのが唯一の存在意義です」
「いいぞ。ちょうど故郷に帰ろうかと思っていたところだ。ヤードポンド法の世界で暮らすのはもう疲れた」
サイドアームというメートル法の同胞と出会ったためだろうか。ラムダの中にある望郷の念は大きくなっていた。
魔法で作成した地図に問題点はない。あとは街に戻って報告し、報酬を貰うだけだ。
どうにか野宿だけは避けられると安堵しながら遺跡を出ると、人影が見えた。
いや、人の影ではなかった。
「ターミネーター!」
それはマントを羽織った人型ヤードポンドモンスターだ。機械故に力は強く、それでいて素早い。外装は信じられないほど頑丈で、マントは魔法を弾く繊維で織られている。
ターミネーターが手の甲から5インチの刃を出した。
「君は下がっていろ!」
サイドアームが慎重に離れるのを見つつ、ラムダは魔剣を抜く。
ハンター殺しの異名を持つターミネーターにラムダは絶対勝てない。しかし、何も考えず背を向けて走り出すはかえって危険だ。どうにかして逃げるためのチャンスを作らなければならない。
最悪の場合、命と引き換えにしてでもサイドアームを逃したい。
「大丈夫ですラムダ。その魔剣がある限り、あなたはあの程度の敵には負けません」
力強く確信のこもったサイドアームの言葉にラムダは不思議と勇気を得る。
ターミネーターの体がかすかに沈むのを見たラムダは本能的に回避行動を取った。
直後、一瞬でターミネーターが間合いを詰めて刃を振るう。ほんの少し避けるのが遅かったなら、首を刎ねられただろう。
ラムダは苦し紛れにターミネーターの膝を狙って剣を振るう。ダメージなど与えられないが、体勢を崩す程度はできるはずだ。
しかし、ラムダが放った攻撃は本人すら思いもよらぬ結果を出す。
ターミネーターの足が何の抵抗もなくすっぱりと切断されたのだ。
「なに!?」
自分がやったことに思わず声を上げてしまう。
ターミネーターは片足で立ち上がり、一旦間合いを取った。
敵が再び襲いかかる、片足ゆえに初撃と比べて突進力が落ちている。
ラムダはすれ違いざま、冷静にターミネーターの首へ剣を叩きつける。
手応えはない。
なぜなら、手応えを感じぬほど滑らかにターミネーターの首が刎ね飛ばされたからだ。
「これが〈メートル原基の魔剣〉の力です。それはヤードポンド法の意思が宿る全てを倒します」
ヤードポンドスレイヤー。ラムダは自分が任命されたそれの意味を理解した。