パーティー追放
かつて世界の9割を支配したヤードポンド帝国は、滅亡して数千年経た今もなおその力を示していた。
ヤードポンドモンスター。帝国によって作られた機械仕掛けの魔物に人々は脅かされていた。
ヤードポンドモンスターの討伐を生業とするハンター。その一人であるラムダ・クリプトンはマシンスコーピオンと対峙していた。
大型犬ほどはある機械のサソリは、尻尾の先からニードル弾を発射した。
尻尾の向きから瞬時に相手の狙いを見切ったラムダは剣で弾き飛ばす。
ラムダは一気に踏み込んで間合いを詰める。
マシンスコーピオンは腕のハサミで攻撃してきた。捕まれば防具ごと体を上下に両断されるだろう。
ラムダは素早く刺突を繰り出した。脆弱な可動部が破壊され、ハサミが開きっぱなしになる。
マシンスコーピオンがもう片方のハサミを繰り出してくる。ラムダはさらに踏み込んでマシンスコーピオンの背中に乗り、ニードル弾を放つ尻尾を切り落とす。
外装の隙間を狙った一撃。これができるものはそうそういない。
機械ゆえに痛みはないはずだが、マシンスコーピオンは苦しむように暴れて背中のラムダを振り落とす。
着地したラムダはいったん間合いを取る。
敵はもはやハサミ一本しかない。再び間合いを詰めて動力部を破壊すれば……
その時、電撃の槍が横合いから突き刺ささってマシンスコーピオンが爆散する。
「雑魚相手にチンタラやってんじゃねえよクズ!」
罵声を浴びせるのはパーティーリーダーのライデンだ。
彼が放ったのは〈電撃の魔法:ジャベリンの型〉だ。威力としては上の下ほどで、マシンスコーピオン“程度”に使うにはいささか威力が過剰だ。
「てめえがモタモタしてる間に俺たちはもう片付けたぞ」
気がつけば大量のマシンスコーピオンの残骸が散らばっていた。
ラムダたちは20体近くもあるマシンスコーピオンの群れの討伐依頼を請け負っていた。
ラムダが1体倒そうとしている間に、仲間たちは他の敵を全滅させていた。
ラムダが属するパーティーには〈電撃の魔法〉が使えるライデンを筆頭に、〈炎の魔法〉のスカーレット、〈衝撃の魔法〉のアルトがいる。
彼らは強力な攻撃用の魔法を使えるので、この程度の討伐任務は朝飯前だろう。
パーティーの中でラムダだけが攻撃用の魔法が使えなかった。
ラムダが使える魔法は〈測量の魔法〉。利便性の高い魔法だが、戦闘の役には立たない。唯一、剣の腕だけはパーティーで一番だがそれになんの価値も無いのは、おびただしいマシンスコーピオンの残骸が証明している。
「ったく、毎度のことながらお前の無能っぷりのはイライラする」
ライデンの罵声を浴びながら、ラムダは仲間たちの顔を見る。
いや、もしかするともう仲間ではないかも知れない。侮蔑と嘲笑と嫌悪の混ざった顔がそこにあった。
いい加減、そろそろかも知れない。そう思った翌日、その通りになった。
「てめーはクビだ」
人気のない場所に呼び出されたラムダはそれを宣告された。予想していただけに心に衝撃はなかった。
「とにかくてめーは無能だ。使える魔法と言ったら、〈測量の魔法〉くらいで虫けら1匹殺す役にも断たねえ」
仲間たち……いや”元”仲間たちは出会ったばかりの頃は気のいい連中だった。訓練生時代、一緒に大物になろうと励ましあって過酷な訓練に耐えたものだ。
それが”いつ”変わったのかと言えば、やはり魔法習得の儀式からだろう。
その儀式によってハンターは一つ魔法を授かる。ライデンたちは強力な攻撃用の魔法を手に入れたが、ラムダは違った。
その時は”まだ仲間”だったので、ライデンたちは「気にすることはない。一瞬で地図を書けるのは便利だ」と励ましてくれた。
「その上、スカウトだのヒーラーだの役に立たずを入れろとうるさく言ってきて俺を苛立たせる。もう限界だ」
しかし、強力な魔法を使える様になった影響だろうか。彼らの心は徐々に変わっていき、今や重度の攻撃偏重主義に陥っていた。
罠は間抜けが引っかるものだからそれを見つけるスカウトなどいらない。怪我をしてヒーラーが必要になるのはそいつが無能だからだ。そんな風にラムダの忠告を聞き入れなかった。
「俺の代わりにどんなやつが入るんだ?」
ギルドの規定ではパーティーは4人から6人でなければ活動を認められない。このパーティーからラムダが抜ければ補充要員が必要となる。
「なんでてめーにわざわざそんなことを言わなきゃならねえ。ま、少なくとも有能なのは確かだよ」
「そいつも地図が書けるのか?」
「はあ? 何言ってやがる。地図なんて誰でも書けるだろ」
ラムダが予想した通りの言葉をライデンは返してきた。
「そうか。じゃあこれでお別れだな。今まで世話になった」
「まてよ」
立ち去ろうとするラムダをライデンたちが取り囲む。
こんな雰囲気を前に経験したことがある。盗賊に囲まれた時と似ていた。
「装備と金を全部おいてけ。今まで俺たちの足を引っ張った迷惑料だ。服だけは勘弁してやるよ」
勝ち目はないと判断する。剣の腕に限ればラムダはライデンたちを超えるが、魔法を使われたら手も足も出ない。
「わかったよ」
ため息とともにラムダは言われたとおりにした。
「もう二度とその面みせんな!」
ライデンの罵声と元仲間たちの嘲笑を背中に受けながらラムダはその場を立ち去った。
そのままギルドへと向かう。無一文となってしまったから、とにかく今日一日を凌ぐだけの金を稼がなければならない。
「あら、ラムダさん。今日はお休みですか?」
ギルドの受付嬢アンナがのんきな事を言う。とはいえラムダの格好を見ればそう思うのが普通だ。
「いや、パーティーをクビになって装備も金も全部没収された」
「なんてことを」
アンナは心からラムダに同情する。
「この件はしっかり上に報告します」
「頼む。それと何か仕事はないか? 何でも良い、とにかく金が必要だ」
「不幸中の幸いといいますか、ラムダさんにぴったりの仕事がありますよ。街の近くにある帝国の遺跡の再調査です」
帝国の遺跡には現代の技術では製造できない優れた遺物が眠っている。ゆえに遺物回収のためにハンターが派遣されるのはよくあることだ。
「あそこは帝国の遺物が取り尽くされたと聞いているが?」
「ええ。なので新人の訓練施設として再利用する計画が上がっているのですよ。で、工事のためにも詳細な地図が必要でして」
なるほど確かに自分にうってつけだとラムダは納得する。
しかし一つ問題があった。
「だが俺はメートル法の民の出だ。魔法でやるとどうしても地図に書かれる数字がメートル表記になる」
この世界ではヤードポンド法が主流だが、ラムダはメートル法で生きる少数民族の出身だ。そのせいか、どうしても地図がメートル法になってしまう。
「図そのものは正確なんですから、数字なんて後から書き換えればいいですよ」
「わかった。そういうことなら、ぜひ受けさせてくれ」
「このあたりでヤードポンドモンスターは出ませんけど、注意してくださいね」
「ああ、わかってる。それじゃあ行ってくるよ」
「お気をつけて!」