残念な先生
騒ぎを聞きつけた担任のキリュウイン先生には超適当に説明をしておいた。
魔獣使いとしての才能が目覚めて、親の形見の魔獣を使役することができてとかなんとか……。
キリュウイン先生はビビアンたちと俺が魂のパスでつながっている事を確認すると訝しみながらも納得してくれた。
魔獣使いは学校にも使役する魔獣を連れてきてもいい、という校則になっている。
だって魔獣使いは魔獣が戦闘能力だからだ。
ビビアンとアリスは俺の両隣に椅子を持ってきて座っている。
「きゅきゅ、ずっと前から学校には通ってみたかったのね! ……僕、ずっと畑仕事と魔人退治しかしてなかったの……、夢が叶って嬉しいね……、ひぐ……」
「ふむ、我も人間の学校は初体験なり。……アリスよ、泣くでない。すまぬな、我が平和な世界を築けなくて……」
――いや、なんか話重いって……。
「――そこ静かにしろ。全く、ちゃんと事前に申請しろ……。まあいい、午後の授業を始める前に一点注意事項がある。最近、女神教が活発に動き始めたからテロに気をつけて欲しい。……気をつけようがないかも知れないけど、なるべく集団で帰宅して――」
クールメガネのキリュウイン先生は女神教の被害を説明する。
どうやら帝国内のあちこちで無差別でテロを起こしているらしい。
全く困った奴らだ。あいつらは盟主を頭として、その直属に大司教がいる。幹部勢の司教、その補佐として司祭がいる、あとは有象無象の信者たちだ。
女神教は基本的に頭がおかしい奴らの集まりだ。
そもそも女神自体がこの世界で嫌われている。神話や童話を読み解くと、女神は世界を破壊してばかりだ。
そんな女神を祀る信者たちは、女神の復活と世界征服を企んでいるらしい……。
まあ俺には関係な……、って、そうだ、俺を攫おうとしたんだ! 色々ありすぎて忘れそうになっていた……。
うん、帰ったらギルドに顔を出して尋問しなくちゃな。あのくそじじい生きてるかな?
考える事が多すぎる。
アリスとビビアンはどのくらいの強さなんだろう?
『――お答えします。休眠期間を終えて現世との同期が完了して、力の一端を取り戻しました。本調子ではないですが、推定でランクAAAオーバーだと思って頂いて問題ありません』
――なるほど、そりゃ強いな。俺の隣で眠そうにしてるけどな。
『現在、スキル【覇王】の効果により、眷属の力をご主人様に上乗せ可能になりました。それにより、ご主人様はスキル【達人】【英雄補正】【魔王補正】【魔力操作】【武具生成】を取得しております』
ん? なんだって? まてまてまて、スキルなんて一人一つ持っているだけでレアなんだぜ? なんでそんな一杯あるんだよ!? バレたら面倒じゃねえかよ!
『問題ありません。流石ご主人様です。いくら【覇王】の持ち主でも、ここまでスキルの力を引き出せる人物は中々いません』
俺がシステムさんと心の中で話していると、ヒカリが鉛筆で俺の脇腹を突いてきた。
「ねえねえ、マサキさ、なんかわたし身体の調子がすごくいいんだけど! 午前中ずっと寝てたからかな?」
そういえばヒカリは午前中の授業の時、机に突っ伏して爆睡していた。
いつもの事だから気にしなかったけど……、もしかして休眠してたのか?
ていうか、眷属って言い方は好きじゃねえな。
ヒカリは俺にとってマブダチだ。
アリスとビビアンだってきっと友達になれると思っている。だから眷属なんていい方やめようぜ? こいつらは友達だ。
『――了解いたしました。これからは【友達】と呼称します』
うん、それでよし。
俺はヒカリに向き直った。
「ああ、良かったな。ほら、キリュウイン先生が睨んでるぞ。あいつロリコンだから目を付けられると大変なことになる。だから静かにしてろ」
「うん!!」
だから声でけえよ!?
キリュウイン先生は眉間にシワを寄せながら俺を睨みつけていた。
「……マサキ……貴様はいつもいつも……、ふぅ……いいか、俺はロリコンじゃない。俺が好きなのは大人に近い少女が好きなんだ。お前らはまだガキだ。あと数年したら……」
クラスの女子がすごく嫌そうな顔をしていた。なんだってこんなにイケメンなのに残念な男なんだろう。一生結婚できねえだろうな。
「おい、マサキ、なんだその顔は? お前は――。…………お前ら動くな。……嫌な気配を感じる」
その瞬間、学校を包むような力を感じた。
――これは、今朝の結界と一緒だ。
窓を見ると、半透明の魔力の膜が覆われていた。
先生が舌打ちをする。
「ちっ、この騎士学校を目標にするなんて本気か? 絶対動くな。少し廊下を調べに――」
クラスには小さなざわめきが起こった。
授業の時間が短くなる期待感と、大きな不安。
だが、次の瞬間、生徒たちは絶望の表情に変わった。
教室の扉を開けようした先生が吹き飛んだ。
半壊した教室の扉を蹴飛ばす乱入者。それは小さな女の子であった。
白い装束と、大きなバトルスタッフ。その威圧は昨日出会った黒い男と変わらない強さであった。
「あー、マジ面倒なのさ。っていうか、マジで虱潰しに探すの? はぁ……、スバルの野郎がちゃんと報告してれば……」
女の子は俺たちを見渡した。それだけで生徒達が恐慌状態に陥ってしまった。
女の子は言葉を続ける。
「あー、悪いのさ、あんたたちは人質なのさ。うちら女神教がこの学校を占拠したのさ。まあ、なんだ、巷で話題のテロリストってなのさ! うちは女神教司祭の一人、愉悦のマリサなのさ」
魔法障壁で防御していた先生が立ち上がり、自分の事をマリサと言った薄笑いを浮かべてる少女を見据える。
下手に動いたら生徒たちが傷つくと思ったんだろう。
「よし、お前はマジお利口さんなのさ。マジ面倒な仕事なの。いいか、他のクラスはうちたち司祭クラスが抑えているのさ。まあ、司教クラスも出張ってるから失敗はありえないさ。なーに、ちょっと調べるだけなのさ」
先生が司教クラスと言う言葉を聞いて固まってしまった。
「……お、お前ら、戦争をしたいのか。司教だと? 人外……ランクSに近い存在……。き、貴様、い、今の学校の戦力を調べ尽くしたな……」
ランクSは人外と呼ばれる存在だ。
人としての階位が違う。存在自体が人ではない。それこそ勇者や剣聖、魔人や魔王、歴史上の人物に該当する。
この世界は数の力が絶対ではない。集団が個の力に圧倒される事は珍しくないのだ。
「はは、学園長や主戦力が学園対抗戦の会議でいないのはわかってるのさ。もうすぐスキル【鑑定】持ちが来るからそれまでおとなしくしてるのさ」
マリサはそう言うと、教壇の横にあった椅子のどかりと座る。
教室は沈黙に包まれた――