ダンジョン演習
今日はダンジョン演習の時間だ。
俺たちFクラスの生徒は装備を整えてダンジョン一層で待機をしている。
Fクラスは使えないスキルの持ち主ばかりであった。
そんなクラスでも不思議なものでカーストが勝手に出来上がってしまう。
俺とヒカリの周りのは誰もいない。一応四人一組でダンジョンを探索するのだが、俺達はクラスでハブられていた。
「なあなあ、今日もカラオケ行ってもいいか? 昨日のお前の幼馴染のせいでむしゃくしゃするんだよ」
「いや、今日お前はバイトだろ!? 仕事しろよ」
「あっ、忘れてた。じゃあ明日にしよ」
「ったく、しゃーねーな。明日な」
そう言うとヒカリは持っている剣を振り回して嬉しそうに笑う。ヒカリは馬鹿だけど純粋な子であった。
この学校で俺の唯一の友達である。
昨日のミヤビの件は忘れたい。
俺に話しかけて来るなんて数カ月ぶりなのに、半端なく見下されていた。
……全く、胸がモヤモヤする。忘れそうだったのに勘弁してくれよ。
俺は別に強い男でも何でもない。ミヤビに言われた過去の言葉に傷つきまくった覚えがある。
『あ、マサキ……。サ、サスケ君、違うんだよ。ただの友……、ううん、パシリだからね』
『え、あ、あんな底辺好きなわけないでしょ!? わ、私はAクラスで――』
『本当にダサいわね。近づかないでもらえる?』
『……なんでこんな事も出来ないの。はぁ……、何も知らなかった昔に戻りたい……』
うん、思い出すのはやめよう。もう気にしない事にしたんだ。
俺は地味に生きてのんびり暮らすんだ。
俺たちに近づいてくる影が見えた。
勝ち気な顔をした女子生徒サナエと、粗暴な男子生徒ジャイアである。
サナエがため息を吐きながら俺に言った。
「はぁ……、こ、今回はわたくしの番だから仕方なく同じ班になってあげるわ! か、感謝しなさいよ!」
ジャイアは俺の胸を小突きながら大声で言った。
「がははっ、お前らは俺の後ろで縮こまってろ。俺とサナエが存在力を奪い尽くしてやるぞ!」
存在力とは、ダンジョンに徘徊する魔物が持っている力みたいなものだ。
魔物を倒すと身体に流れ込んで来て、それがスキルと身体を成長させる。
帝国では存在力が強さの目安となっていた。
例えばAクラスであるミヤビの存在力は100近くあった。俺やヒカリは5しかない。
実はこの二人だって威張っているが10程度しかなかった。
それでも俺たちより存在力が強い事には変わりない。
ちなみにサナエは自分の番と言っていたが、毎回自分の番だ。いつも俺たちの班に潜り込む。ジャイアは俺をいじりながらもヒカリを横目でチラチラと見ている。
まあいつものことだ。どうせ四人じゃなきゃ演習出来ない。
「ああ、ありがてえ、頼むぜ」
俺がそう言うと、サナエが真っ赤な顔になり、ジャイアが何故か照れて下を向いた――
***********
ダンジョン探索は順調であった。
それもそのはず、俺たちFクラスが探索するのは三層までである。
一般人でも倒せるレベルの魔物の相手をする。魔物を殺す訓練だと思ってくれればいい。
ジャイアが装備している斧でコボルトを切り裂く。
サナエの魔法でゴブリンを丸焦げにする。
俺とヒカリが二人がかりで骸骨をボコボコにする。
戦闘が一段落して、俺達はセーフポイントである階段下で休んでいた。
「ふぅ、あんた達も少しは強くなったわね! ふふ、そ、そろそろ、あんた達もわたしくの
偉大さに気がついたかしら? あ、明日から、きょ、教室でも、ふ、普通に喋っても――」
「がははっ! 見たかヒカリ! 俺の勇姿を! お、俺がいれば――」
サナエとジャイアが何か言っていたが、俺とヒカリは明日のカラオケの計画に夢中であった。
「だから〜、あそこで音程が外れなければ95点は言っただろ?」
「むむぅ、て、点数が全てでは無いのよ! 明日は負けないんだから!」
「まあ、そうだな、新曲歌えきれなかったもんな」
「うん、今日帰ったら新曲覚えて――」
「バカっ!? 今日はバイトだろ――」
なにやら視線を感じる。
悔しそうな顔をしているサナエと、俺をにらみつけるジャイア。
「あ、あんた、なんで聞いてないのよ!? そ、そんなんだからクラスでハブられ――」
サナエが全部言い終える前に何かの気配を感じた。
ジャイアも気がついたのか、真剣な顔で気配の方に向き直った。
ダンジョンの暗がりから現れたのは一人の男であった。
肌は浅黒く、戦士としての風格が伝わってくる。あっ、こいつヤバいくらい強い。
最底辺だけど、戦闘回数だけは多い俺が一瞬で男の強さを理解した。
こんな場所に学校関係者以外来る事はない。
サナエとジャイアが緊張を解いて武器を降ろした。
「ふう、びっくりしたわよ……。えっと、学校の関係者ですか? あっ、上の階層に用があるんですね。今どきます!」
男から嫌な雰囲気を伝わってくる。
こんな男を学校で見たことがない。
男が俺たちを見据えて口を開く。
「……マサキ・セキグチだな。我が女神教のために一緒に来てもらおう。貴様に拒否権はない」
「女神教!? あ、ありえないわ。ここは学校の敷地内で――」
「ほ、本物のテロリスト……」
サナエとジャイアが怯えた声を弱々しくあげる。
女神教の信者は頭がおかしいと言われている。嘘でも自分の事を女神教なんて言うやつはいない。
女神を現世にさせるためだけに世界中でテロを起こす危険度S級の結社である。
そんな女神教の信者が俺になんのようだ?
男は俺を見つめていた。何か視られている感じだ。
「……やはりスキルは偽装か。当たりだな。……おとなしく付いてくれば連れは殺さん」
俺に選択肢はない。
不本意だがついていくしかこの場を逃れられる手段ない。
こいつは非常にやばい相手だ。Fクラスのパーティーが束になってかかっても勝てる気がしない。
怯えているサナエとジャイアに向かって頷き、俺は歩き出そうとした。
その時――
「――――――――っううううぅぅううっう、マサキを……、連れて……、うぅぅぅぅ、行くな――」
俺の横で唸り声が聞こえてきた。
ヒカリがスキル『暴れるモノ』を使用してしまった!?
「ヒカリ!? このバカ!!」
俺がヒカリを抑える前に、ヒカリは男に飛びかかってしまった。
男は冷酷な目でヒカリを見据え、右手に持っていた剣でヒカリの腹を刺した。
「ぐぅぅぅぅぅぅぅ……、あぎゃ、あぎゃ!!」
「ヒカリっ!!」
ヒカリはのたうち回りながら必死で剣を抜こうとする。
男はヒカリを蹴り倒して剣を引き抜く。
ダンジョンの壁にぶつかって倒れてしまったヒカリを抱きかかえる。
力が弱い俺達が高位ランクの戦士の攻撃に耐えられるわけない。
ヒカリは虫の息であった。
「ヒカリ、ヒカリ!! なんで俺のために戦おうとしたんだよ!! だから……バカなんだよ……、やめてくれよ。……死なないでくれよ」
俺はヒカリを抱きしめてかばう事しか出来ない。それほどまでの戦力差だ。
この男の気が気が変わるようにするしか手段がない。
「おとなしく付いていくから、これ以上ヒカリを傷つけないでくれ……。お願いだ……」
俺たちが何をした? なんでこの男は俺を連れさろうとする? この帝国騎士候補生学校という鉄壁の警備をすり抜けてダンジョンまで来てしまうレベルの男だ。
「殺すつもりはなかったが仕方ない。いま楽にしてやろう」
男が剣を構えた。
――思えば不幸な人生だった。両親は死んで、村八分にされて、幼馴染は違う男を作ったり、学校では馬鹿にされたり……。
でも俺には大事な友達がいた。
ヒカリがいたからこの学校が楽しかった。
ヒカリが殺されて俺が生き残るくらいなら、ここで一矢報いてやりたい。
圧倒的な戦力差を理解してる。
だが、そんなものはどうでもいい。
――ヒカリを守る。
俺は死ぬ覚悟を決めた。
その時、心の中から声が聞こえてきた――
『――マサキ・セキグチの覚悟を確認しました。スキルの偽装を終了します。スキル【戦うモノ】はスキル【覇王】に吸収されます。スキル【覇王】の覚醒に伴い、魂のつながりを辿り眷属召喚を行います』
――はっ?
意味がわからなかった。世界がスローモーションになったかと思った。
思考が加速して、俺の知らない術式が勝手に構築される。
その術式は凄まじい勢いで魔法陣を描き、発動される。
それと同時に身体に激痛と……何かと心が繋がるのを感じた。
痛みが引くと同時に、世界の速度が元に戻った。
そして――男が振り下ろした刃が――止められた。
小さな犬型魔物が俺の前に立っていた。丸っこい手に握られている杖が刃を弾き返す。
「ふふ、我のご主人に傷をつける事は許さんのだ――」
俺がポカンとしていると、抱きしめているヒカリの身体が光輝いていた。
気がつくと、俺たちの横に小さなうさぎ型魔物が魔法を行使していた。
どうやら回復魔法らしくヒカリの顔色がよくなってきた。
俺はそれを見て胸をなで下ろす
「むきゅー、こんなかわいい子をいじめるなんてひどい男ね。死ねばいいのに」
うさぎは二本足で立ち上がって、剣を構える。
攻撃を防がれた男は突然の乱入者に驚いていた。
「な、なんだ貴様らは!? 俺はAランクオーバーの力を持っているんだぞ!! こんな漫画みたいな奴らに――」
――ていうか、本当にこいつらなんだ?
『――はい、貴殿が召喚した眷属です。受肉するための依代は貴殿のカバンとヒカリのカバンにつけてあったぬいぐるみを拝借いたしました。無機物が成功率が高いので――』
あ、あの小さなぬいぐるみに魂が? マジで? ていうか、大きくなってない? ていうか、この声なに?
『――大きさは自在に操れます。あっ、スキル覚醒に伴い、貴殿の身体は休眠状態に入ります。休眠の間は眷属が護衛を致しますのでご安心ください。その後、眷属達が休眠状態に入ります』
そういえば、なんだか、眠くなってきた。
霞んでいく目で、焦った表情の男が見えた。男は俺が召喚したうさぎと犬と戦っていた。
そして、男の身体が深い闇に包まれていくのを見てから、俺は、深い眠りに……。
『それではおやすみなさい。私のご主人様――』