優しい魔王ビビアン
我、ビビアンはお茶を楽しんでいる。
この時代のお茶はすごく美味しいのだ。
我と勇者がいた時代……今から千年前、今と同じくらい文明が栄えていたけど争いが耐えない時代だった。
「ふぅ……、お茶がうまいのだ」
すごく懐かしい味がするのだ……。
「はっ、拙者の里に伝わる秘伝の抽出方法で入れております」
「じじいが淹れたのになんでスバルが偉そうなのだ」
我はご主人の命によりスバルのお目付け役を仰せつかったのだ。
と言っても、スバルはすでにご主人に心酔している。我とアリスがいかにご主人が偉大な存在か延々と説明したのである。
じじいも我の横でお茶をすする。
というか、こいつらは午前中死にかけたのだ。
このギルドの長であるリュータロウに戦いを挑んでしまったのだ。
『せ、拙者、リュータロウ殿と死合をしたいです! 是非お願い致します! ほら、ゼンジ爺も頭下げて――』『え、わしも?』と。
我は全力で止めたのだ……。リュータロウはこの時代にそぐわないスキルを……というよりも特殊能力を持っているのだ。
我の時代でもリュータロウみたいな奴がいたが超レアなのだ。
全盛期の我であれば少しだけ苦戦をするだけで、倒せない事もない……、今の状態では絶対ムリなのだ。
あの時代の異世界人とダークエルフは好戦的だった事を思い出したのだ。
我の話も聞かずにスバルはリュータロウに挑んだのだ……、秒も経たずにリュータロウの拳がスバルの腹を突き破った。
我とアリスは慌てて回復魔法をかけてどうにかなったのだ……。
はぁ……、時間を支配する能力や魔法に勝てるのはSランクオーバーじゃなきゃ無理なのだ。
我は奥のお昼寝部屋に意識を向ける。穏やかな空気を感じる。
アリスはマリサとお昼寝タイムなのだ。
……我とアリスは敵同士であったのだ。
我は大切な人が……殺されて……、だから、力で世界を制服して平和な世の中にしようとしたのだ。
人間は良いモノもいれば悪しきモノもいる。
アリスは勇者という兵器として、田舎から無理やり連れ出された普通の女の子であったのだ。
アリスとの戦いの最中、何度も我はアリスを説得した。でも、アリスは腐れきった旧王国から強烈な洗脳を受けて――
あの時代、魔王である我を殺せるのは勇者であるアリスだけであったのだ。
我は平和にする方法の方向転換をしたのだ。魔王である我に、人族、エルフ族、異世界人が服従することは不可能だと悟った。
我は力の半分を使って勇者アリスを洗脳から解き放ち、我の部下としてイチから教育したのだ。
――あの時が人生で一番穏やかな時代だったのだ。わんぱくなアリスに振り回される魔王である我と魔族四天王たち……。
魔人や魔物と楽しそうに話すアリス。我はそれを見てアリスに希望を見出したのだ。
世界中の種族からの憎しみを受けた我を……殺す英雄にするために――
アリスを新しい世界の真の王に――
そこに我は必要ない――
我はアリスに殺されるつもりだったのだ――
お茶を飲もうとしたら空だった。
空のコップを見つめる……。
昔の事を思い出すのはやめるのだ。前を向くのだ。今はアリスも我の横にいる。
……あの時アリスに与えられなかった幸せを今度こそ――
じじいがお茶をすすりながら我に話しかけてきた。
「ふむ……、ビビアン殿は優しい目をしておられる。……異世界人であったわしの曽祖父みたいな顔をしてるのじゃ」
「ん、んご? 我は魔王だったのだ! 優しいわけないのだ!」
「……ささ、もう一杯どうぞ」
我は憤慨しつつも差し出されたお茶を飲む。
……やはり、懐かしい、味が、するのだ。忘れられない味が記憶を想起させる。
我の大切だった……異世界人のあの子が淹れてくれたお茶と同じ……味が――
「――ぐっ……、お茶がうまいのだ……、ひぐ……、わ、我は魔王なのだ。昔の事を思い出してなんかいないのだ……」
じじいは何も言わずに微笑みながらお茶をすする。
スバルはギルドの仕事に出向くために準備を始めた。
リュータロウさんはギルド会の会議があるので午後はいない。
我は気を取り直してお茶を飲み干す。
椅子から降りようとした時――ギルドの空間が歪んだ――
現代のギルドは、我がいた昔のギルドとは違う。
我のときは酒場みたいな大きな建物で、ギルドで冒険者が個々で依頼を受けて、冒険者が報奨金をもらう。
現在のギルドは……、いわば商店みたいなものなのだ。
ギルド事務所を構えて、水晶ネットワーク上に送られてくる依頼や、顧客がギルドへ直接依頼をする。それをギルド長が選別して、ギルド社員やバイトに仕事を割り振るのだ。仕事に応じた給料が振り込まれる。
だから、事務所は小さくても問題ないのだ。
リュータロウの事務所は訓練所もあるので比較的大きめな方だが――
「ビビアンっ! これってヤバいのね! 旧王国のクソ聖女の疑似結界に似てるのね!!」
アリスが台所に駆け込んできたのだ。
マリサが寝ぼけた顔でアリスに抱きついているのだ。
この疑似結界は聖女の力を擬似的に再現したモノ。
魔力の減衰、弱体化と……通信魔法の遮断……。
我とアリスはご主人と違ってスキルを持っていない。
「……アリス? ふえ? な、何が起きてるのさ? も、もしかして女神教が――」
ご主人がマリサの洗脳を解いた時、きっとそれが術者に伝わるような魔法になっていた。あの洗脳を解くには、強力なスキルが必要なのだ……。
敵は……ここに強力なスキルの持ち主がいると当たりを付けて、それを奪い取ろうとしているのだ。
アリスがマリサの頭をもふもふな手で撫でる。
「――大丈夫なのね。……わっちがマリサを守るのね。……絶対この手を離さない――、もう二度と悲劇は起こさないね――」
「う、うん……、で、でも、私も戦えるのさ」
「……マリサは自己防衛に専念するのね。わっちとこの犬っころの力を見せてあげるね」
アリスがマリサを通して――千年前の記憶をかけ巡らせているのが手に取るようにわかる。
……だが、あの時とは決定的に違う事があるのだ。
「アリス……、我たちにはご主人がいるのだ。……ならば、今こそ力を示そう――」
「ガッテンなの!! 減衰結界なんてぶち壊すのね!! あのいやらしい聖女の匂いプンプンするのね!」
事務所の入り口から大きな魔力を感じる。
我たち以外全て仕事で出払っている昼時の事務所――
しっかりと魔力錠された扉がかちゃりと開く――
「おやおや、随分と可愛らしい番犬、番兎ですね。王系スキルの持ち主はどこですか? あの洗脳は王系スキルでないと解除できない仕様になっています……。ふふ、面倒なやり取りは結構です。ここにいる全員攫いますので――」
アリスが叫んだ――
「大鑑定結果っ! 大司教フルーチェ、所持スキルは【疑似魔帝】、効果は基礎魔力の増強、詠唱簡略、消費魔力大幅軽減、古代魔法の使用、魔力の溜め込み、対象から魔力を略奪……。弱点は物理攻撃。好きなものは女神と絶望の表情。嫌いなものは子供と動物。推定SSランクオーバー相当――。屋外に司祭が複数人確認なのね!! ――ぶち殺すのね!」
大司教フルーチェはアリスの言葉を聞いて、口角を大きくあげて気持ちの悪い笑みを浮かべた――