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過去の幼馴染


 俺、マサキ・セキグチは他人から見たら不幸なのだろう。

 不幸の基準というものがわからないが、世界で自分だけが不幸なわけじゃないと思っている。


 大好きな両親は飛空艇事故で亡くなった。

 保険金はクズな親戚に奪われて無一文になった。それでも孤児院で楽しく過ごした。

 外国人の母の見た目を引き継いだ俺は差別で村八分にされた。それでも俺を信じてくれる人がいたから村では穏やかに暮らせた。


 15歳の時に行なわれる職業適正水晶判定で、戦闘職である『戦うモノ』というスキルを保有しているとわかった。身体能力を向上する程度の能力だけど、帝国騎士候補生学校に入学する資格を有した。なぜならスキル保持者はこの世界でレアだからだ。


 しかしながら俺の『戦うモノ』のスキルは、なぜか効力が弱かった。普通なら二倍、三倍、巧みな使い手なら十数倍に身体能力が膨れがるはずなのに、俺はほんのちょっぴりしか強くなれない。握力が100kgから101kgに変わるだけだ。


 帝国騎士候補生学校に入学すると、クラスメイトは俺のスキルの効力が弱い事を知ると、馬鹿にし始めた。正直どうでもいい、俺には信じてくれる大切な人がいるんだから。


 学校に入れただけで儲けものだ。

 騎士候補生学校に入れば就職先は色々ある。

 俺は別に騎士になるつもりはない。役所にでも就職して事務方の仕事でもしながらのんびり過ごそうと将来を夢想していた。




 ******





「ちょっと、マサキ、あれってマサキの幼馴染だよ? 入学したときは付き合ってたんじゃないの?」


 同じクラスの唯一の友達であるヒカリが心配そうな声で俺に言う。

 俺たちは学校の中庭のベンチで昼食を食べていた。

 視線の先には、俺と同郷であり、大切な人であった……幼馴染のミヤビが男子生徒と楽しそうに歩いていた。

 その距離感はとても近い。まるで恋人のような雰囲気を醸し出している。


「んあ、別にいいんじゃね? しょうがないっしょ」


 そう、しょうがない事なのだ。田舎の古びた教会でお互いの想いを告げたあの日。草原を二人で駆け回っていた日々。同じ孤児院出身で、二人で帝都へ行こうと決めた時。

 人種差別で俺と同じように村八分にされていたドワーフのおじちゃんに頼み込んで作ってもらったネックレス。

 プレゼントしたら泣いて喜んでいたミヤビ。

『一生大事にするわ……』


 男子生徒と楽しそうに会話をしているミヤビの首には見たことがないネックレスが付いてあった。


 候補生学校に入学したミヤビは変わっていった。

 いや、俺が変わらなすぎたのがいけなかった。


 ミヤビは美少女であった。田舎だから俺もミヤビも自覚していなかった。

 そして、俺はダサい男であった。


 ミヤビは『魔を扱うモノ』というスキルを発芽させた。

 非常に有能なミヤビは、学校でも有数の実力者としての地位を築き上げた。

 ミヤビは最高レベルのAクラス。

 俺は最低レベルのFクラス。しかも、Fクラスの中でも最低レベルの俺は学園中から笑いものになっていた。


 別にいいと言いながら、本当は胸が痛かった。

 入学してしばらく経つと、ミヤビから距離を置こうと言われた。俺がどんなに話し合いをしようとしても、ミヤビに避けられていた。

 話しかけようとすると嫌な顔をされる。通信水晶を持っていない俺を馬鹿にしたこともあった。取り巻きの女子からは「底辺がミヤビ様に付きまとうな」と嫌味を言われてこともある。


 ヒカリは興味なさそうにサンドウィッチを食べる。


「ふーん、私バカだからよくわかんないけど、マサキがいいならしょうがないか。……ていうか、今日カラオケ行く? なんかマサキが元気ないとむしゃくしゃするのよね」


 ヒカリは俺の脇腹を軽く小突いてきた。

 俺は避けようともせずにそれを受ける。痛くないから問題ない。むしろ友愛を感じる。


「ったく、しゃーねーな、一緒に行ってやるよ。今日は俺がおごってやるぜ」


「おっ、マジ! やったね!」


 ヒカリは本人の申告通り頭が非常に悪かった。

 それにスキルも微妙な性能のものであった。

 スキル『暴れるモノ』。

 理性を無くして暴れるだけの力。

 戦闘力は非常に向上するが、命令を聞かなくなるので騎士になるにはそぐわない力であった。


 だが、スキルを持っているだけでこの世界ではレアだ。

 殆どの人はスキルなんて持っていない。

 この学校の入学条件はスキルの有無だけであった。


 だから学校内で序列ができる。

 俺とヒカリを見て、ベンチの近くにいた生徒たちがヒソヒソ声をあげる。


「ぷっ、Fクラスの最底辺コンビじゃん」

「あれだろ、男の方はミヤビ様に近寄ろうとした不届きモノだろ」

「ああ、我がAクラスのリーダーであるミヤビ様に話しかけるなんて汚らわしい」

「おい、あの女に近づくと噛まれるぞ。魔獣と変わらねえから」

「なんで退学にならないんだよ、不正してんじゃね?」


 俺とヒカリは他人の目を気にしない。

 正直、嫌な気分にはなるが、どうでもいいと思っている。

 決して心が強いわけじゃない。諦めているだけなんだ。

 慣れているだけなんだ。


 俺に近づく足音が聞こえてきた。

 顔を向けると、そこにはミヤビが凛々しい姿で立っていた。

 だが口元は歪んでいた。

 ミヤビが口を開く。


「……あなた、いつになったら本気で努力してくれるの」


 短い言葉だけど強い意思が込められていた。

 ミヤビからは見下した視線を感じる。本人は意識してないかも知れないが、俺とヒカリは最底辺にいるから視線の質には敏感だ。


 俺はミヤビと同じAクラスに上がるために全力で努力をしていた。比喩ではなく死にそうになるくらい努力した。

 だが、いくら血反吐を吐いてもしても結果を得られなかった。

 ヒカリはそれを知っている。俺がミヤビのために頑張っていた事を。

 俺は何も言わなかった。今のミヤビに俺の言葉は通じない。


「……」


 ミヤビがため息を吐いた。

 嫌なモノ見るような視線であった。

 ……俺は自分の心を無視するようにした。そうしないと心が痛くてたまらないから。


「……はぁ、そうね、無能が努力しても仕方ないわね。いいわ、私がこれから色々教えてあげるから、ヨリを戻すわよ。Eクラスに編入できるようにするからそんなFクラスの底辺と親しくしないで――」


 俺はミヤビの申し出に首を傾げてしまった。意味が理解出来ない。

 なぜここまで高圧的な態度を取るんだ? 田舎にいた時の内気で優しかったミヤビはいないのか?

 好きだった。大好きだった。初恋だった。だけど、失恋したはずであった。

 俺以外の男子生徒と親しそうに手を繋いでいるのを何度も見た。


 俺の事を馬鹿にするのはいいが、ヒカリは俺の大事な友達だ。ちょっとだけ頭に来た。

 思わず本音が出てしまった。


「え、無理。俺、今からカラオケ行くし。それに友達を見下すなんて論外だ」


「え?」


 ミヤビは一瞬だけ呆けた顔をした。きっと俺が喜んでよりを戻すと思ったのだろう。

 ミヤビの顔が怒りの表情へと変わった。


「な、な、なんで? わ、私はあなたの恋人だったはず!! わ、私はあなたのためにAクラスのトップに――」


「え、それって自分のためじゃね?」


 ミヤビの口元がさらに歪んだ。非常に怖い顔だ。

 周りを見渡すと、取り巻き共の視線がヤバい。俺に対する悪意が半端なかった。だが、俺は気にしない。

 自分を殺して生きるよりも、正直に生きたいんだ。

 もちろんミヤビには未練がある。だが、やっと乗り越えられそうな時に俺の心を乱すなよ。


 俺はボケっとしているヒカリに声をかけた。

 ヒカリはベンチの横に生えている花を見ていた。


「おい、ヒカリ、帰るぞ!!」

「なあ、マサキ、この花って食えるかな?」

「あん? 食えねーよ!! 何でも食おうとするんじゃない。ほら、カラオケ行くぞ!」

「カラオケ……、っん! 早くしろよ、マサキ!」


 ヒカリは俺を置いていく勢いでベンチから走り出した。

 俺も慌ててヒカリを追いかける。


 チラリとミヤビを見ると、悔しそうに地団駄を踏んでいた。取り巻きの生徒に当たり散らしている。

 ……昔は優しかったのに……。


 俺は気持ちを切り替えて、帝都の街へと繰り出した。



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