6.伯爵夫人とは
ヴォルベルク家の奥様が亡くなってから、その席は今でも不在です。お父様は再婚するつもりは無いと断言しているので、伯爵夫人の席は次期当主であるお兄様の奥様がなるはずなのです。
だから、間違っても私が伯爵夫人になることはありません。
お兄様の冗談でしょうか。
この場があまりに騒がしいから、和ませようとしたのですね。
なるほど、ここは笑うところです。
「ふふ、お兄様、面白いことを言いますね」
私の返事にローズ嬢も冗談なのだと理解して、ハッと我に返ります。
「エルリック様、冗談はよして下さい」
「冗談ではないが、確かに、こんな場所で言うことではなかったな」
お兄様は側に歩み寄ると、私の顎に手を置きました。顔を掬い上げられたと思ったら、次第にお兄様の顔が近くなります。
思わず目を瞑ると、唇に温かく柔らかな感触がありました。
驚きと衝撃に思考が停止します。
石のように固まったまま、しばらくして、隣のローズ嬢が奇声をあげました。
「な、な、な、なんですの!?兄妹で如何わしい!!」
顔を真っ赤にして興奮し、指をさしてお兄様を咎めます。
お兄様は、ローズ嬢をゴミでも見るかのように冷たい目を向け、鼻で笑いました。
「貴様も言っていただろ?サラは私と血の繋がりはない。だから結婚しても法律上、何も問題はない」
「け、結婚」
「サラは私の妻となる。よって次期伯爵夫人となるのは必然だろう?」
ローズ嬢はもはや何も言えずに、震えて逃げるように去っていきました。
あの様子だと、有る事無い事を言い振らしそうです。お兄様は目線で指示を出すと、べルックは部屋を出てローズ嬢の元へ付いて行きました。
部屋に残された私は、未だに理解が追いつきません。
いま、キ、キスされましたか?
お兄様は結婚と言いましたか?
次期伯爵夫人は私だと言いましたか?
「お、お兄様」
ローズ嬢を納得させる為の芝居なのでしょう?
僅かな疑問を向けてお兄様を見ると、それはそれは優しい顔のお兄様がいました。
あぁ、違うのですね。
本気なのですね。
私はお兄様の手を掴み、はにかみ頷きます。
「いつから、ですの?」
「…サラがこの家に来た時からだ。小さくて儚げで寂しそうで可愛くて、私が守らなければと思った」
お兄様は、ゆっくりと隣に座ります。
「だけれど、私はサラが可愛くて、耐えているとつい眉間に皺が寄ってしまう。これは怒っているんじゃ無い。癖なんだ」
「まぁ」
「これのせいで、怖がらせて…私よりもリカルドとばかりいるから、てっきりアイツが好きなのだと思っていた。サラが選んだなら仕方ないとこの気持ちに蓋をした」
お兄様が真剣な顔で話すので、私は一言一句大切に受け止めようと思いました。
「だが、アイツはサラを蔑ろにして、婚約破棄をしやがった。手放した。だったら、もう俺は諦めたく無い。兄として側にいたから戸惑うのも分かる。だが、私を男として見てくれ」
お兄様が緊張しているのを初めて見ます。
『お兄様』でなく『男性』の顔をして、言いました。
「サラ。好きだよ。私と結婚しよう」
今まで私は、実子でないことに引け目を感じていました。お兄様と本当の兄妹になりたかった。だけれど、今は血が繋がらないことを嬉しく思います。
私は、お兄様の目をしっかりと見つめて、全てを受け入れることにしました。
「はい。喜んで」
私の返事に、お兄様はとろける笑みを浮かべるのでした。