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1.一枚の手紙


私の人生は一枚の手紙で変わりました。


「………婚約破棄…」


手から落ちた便箋には、私の婚約者〔であった〕リカルドの文字で重大な内容が簡潔に書かれていました。

幼い頃に、両親に決められた政略結婚ではありましたが、こんな紙切れ一枚で終わらせるには短く無い期間、一緒に過ごしてきた婚約者。

最近会うことが少なくなり、パーティーの相手も遠回しに断られていたこの頃。不埒な噂も耳にし嫌な予兆は感じていましたが。


「ここまで愚かだったとは…」


カリアード男爵の娘に熱をあげている、と噂好きの淑女達に聞いてはいました。それでも、リカルドの家の財政を考えれば、婚約破棄などという馬鹿なことはしないと高をくくっていたのです。


「彼を過大評価をしていましたね」


私は無言で手紙を折りたたみ、椅子に座ります。まずは、落ち着きましょう。


あのバカルド…いえ、あのリカルドが手紙という手段で内密に事を済ませようとしたのは評価しましょう。

中には、パーティーの最中に公衆の面前で婚約破棄を宣言し女性に恥をかかせる最低男もいると言いますし。

バカはバカでも、救いようがあるバカです。


手紙の大半が、好いているであろう男爵家の娘への愛の言葉であるのは、目を瞑ります。

仮にも婚約者相手に、他の女の愛を綴るのはデリカシーに欠けますが、それほどまでに熱を上げる愛を知ったからこそ、私との婚約破棄を告げたのだと理解しました。


「仕方ありませんね」


私は、手紙を持ってお父様の元に足を運びました。




お父様の執務室の扉をノックすると、お父様とは別の声がありました。部屋にはもう一人。私の兄、エルリックお兄様の姿がありました。

二人の良く似た金色の髪が、窓からの光を浴びて輝きます。年齢を感じさせない若々しいお父様も自慢ですが、端麗な顔立ちで『氷の貴公子』と呼ばれるお兄様も、私の自慢の兄です。


「サラ、どうしたんだい?」

「失礼します。お仕事中でしょうか?」

「いや。ちょうど今、一息しようと思ってたところだよ」


お父様は朗らかに笑みを浮かべ、私をソファーへ誘いました。お兄様は書類を持ち不機嫌そうに眉間に皺を寄せ私を一瞥しています。


「お邪魔して申し訳ありません。報告だけで、長居はしませんわ」


お兄様の早く出ていけオーラに耐えかねて、私は事の次第を話しました。

要点を伝え、手紙を渡し、ひとしきり話をして顔を上げると、お父様とお兄様は顔を強張らせて固まっていました。ヒクヒクと口元が引き攣り、血管が浮き出ているのは気のせいでしょうか。


「…お父様…?」

「サラ、それは本当にリカルド君の意向なのかい?」

「えぇ、私も驚きましたが、この癖のある文字は確かに彼の文字ですわ」


ミミズのように揺らぎ、丸みを帯びた文字。幼少期に一緒の家庭教師の元で勉強していたリカルドの文字は見慣れています。


「サラを差し置いて…他の令嬢と…なるほどね」


お父様はニコニコ笑いながら黒いオーラを出し始めました。私は慌てて訂正します。


「お父様、それはいいのです。彼が誰と恋に落ちようが、私は興味ありませんもの」

「…え、サラはリカルド君のことが好きなんじゃないのかい?」

「え、私がいつ、彼を好きだと言いました?お父様が決めた縁談だから受け入れただけで、彼に特別な感情はありませんわ」


キョトンとして首を傾げます。確かにリカルドとは仲が悪いわけではありませんが、今回の事は流石に呆れてフォローする気にもなれません。


「それよりも、この婚約破棄のせいでお父様達にご迷惑がかからないかが心配でここに来ました。リカルドの家も一応は子爵家ですし」

「迷惑?そんなことサラが心配する必要は無いよ」

「ヴォール家など、取るに足らない。むしろお前との縁談があるから援助していたのに、それも全て白紙だな」


お兄様は無表情に冷たく言い放ちます。確かにリカルドの家は財政が芳しくないとは聞きましたが、私の縁談を理由に支援があったとは驚きました。

お兄様の言葉にお父様も賛同します。


「ふふふ、白紙どころか今までのツケを返して貰わなきゃねぇ」


なにやら不穏な空気が溢れて、私は居心地が悪く苦笑しました。


「お父様がよろしければ、婚約破棄を受け入れます。ですが、理由が理由なので体裁の悪い噂が流れてしまうのは申し訳ありません」

「そうだね。中には噂を誇張する輩もいるからサラが傷付かなければ良いが…だが、そのへんは私達に任せなさい」


お父様の優しい言葉を聞いて、肩の荷がおりました。報告が終わり、部屋を出ようとすると、ふとお兄様に止められました。

あまり私に興味がないお兄様にしては珍しい行動です。


「お兄様?」

「サラ、お前は本当にリカルドの事を好いていないのだな?」

「…はい?」


先程も聞かれた内容に、私は不思議に答えます。なぜお父様もお兄様も勘違いしているのでしょう。


「確かに彼のことは嫌いではありませんが、恋愛感情を抱いたことはありませんわ。そういうのは結婚してから育めばいいと思っていましたので」

「結婚してから、無理矢理好きになろうとしていたのか?」

「ええ。ですが、婚約も白紙になりましたし、彼を好きになる必要はもうありません、よね?」


念を押されるので、リカルドに特別な感情を抱かなければいけないのか、不安になってきました。それが義務だと言われたら従うしかありません。

しかし、それは杞憂だったようです。

お兄様は憑き物が落ちたように、私を見て破顔しました。


「そうか、好き合っていなかったのだな」


お兄様の笑顔は久しぶりに見ました。

基本的に私はお兄様に嫌われているのです。こんなに長く会話をするのも久しぶりで、お兄様の端麗なお顔に、思わず胸がドキっと高鳴りました。なんて、女性タラシなお顔。これが世の女性を魅了する所以なのですね。

こんなに麗しいお兄様こそ、今まで浮いた話がありません。私のことよりお兄様の方が心配になりますわ。

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