四章「決意すべきは幸せの在り処」
二日後。取引を行う廃墟で初めに聞いたのは謝罪。そして菓子折りだった。
「以前は本当にすいませんでした……」
「いいよ。というか本当に詫びの品があると思ってなかった。義理堅いんだな」
「仕事ならともかくそれと関係ないところでやっちゃったことはきちんと謝るよ私は。今度またステラちゃんに土下座するから、会わせてほしいな」
仕事をこそそうするべきじゃないかと思ったが言ってもしょうがないので口を紡ぐ。
「さて湿っぽくなっちゃったけど、ここからは仕事モードに切り替えていくよ! キリッ!」
「調子がいいなホント……これだろ。言っていた手記って」
投げ渡す。確認が取れたようだが、こちらに投げ返してくる。
「これじゃなかったのか?」
「いや、それで合ってるよん。で、取引通り黒魔術の情報を渡したわけ」
「ん? ……てことは、これってシロネコが書いたものなのか?」
「まぁ書いたし、それに君に侵入してもらった場所も、手前の隠れ家の一つだよ?」
「そういうことか! どうりで窓にもドアにも鍵はかかってないわ部屋のど真ん中に開けっ放しの引き出しがあるわと空き巣歓迎みたいなことになってたわけだ! なんでそんな二度手間なことをしたんだ!」
「第一に君のような若人から毟り取ろうなんてそこまで腐ってないよ。第二に黒魔術なんてものに関わろうとするんだ。軽犯罪くらいやってやるって覚悟がないと知っていいことじゃないんだよ。第三は……ほんのちょっぴりの悪戯心! てへっ!」
「…………(ぺら)」
「あぁん。無言でスルーしながら読書にふけるなんて、お姉さんの趣味じゃないよぉ~」
シロネコの手記を読んでわかったことは、黒魔術とはこの世ならざる異次元から方陣を介して目に見えない存在である「呪象」を呼び出す儀式。呼び出す呪象は現象のようなもので、ただ呼び出すだけでは目にも見えず特に何も起こることはない。そこで必要になってくるのが器である。
呪象を受け止め定着させる器は無機物ではなく生物。特に人間だと確率が高い。確率というのは受け入れられるかどうかを指すことである。
定着が叶わない器であれば精神、魂、ないし生命力が呪象に耐えられず破壊。つまり死ぬ。
死去しない場合もある。その場合は不完全な状態で体に残った呪象が肉体や精神に影響し、様々な悪影響を及ぼす。
呪象が定着した場合、器に特殊な力が与えられ、その者を定着者と呼ばれる。身につく能力は呼び出した呪象によって変わる。
「……つまり、こんな得体のしれないものを利用してる屑がいるってことだな」
「読み終わった? そうだよ。黒魔術はモノや使いようによっては強大な力になるんだよ。人を洗脳して操れる能力をもった定着者の話を聞いたことがある。眉唾物で本当かどうかはっきりしないけど。そんな一個人が大きな力を持てるものだ、当然金になる。特に方陣と呪象の効果説明がセットになっているもの。やり方と内容が分かっているなら誰でもできちゃうし、使い道も買い手も途絶えないよ。まぁその成功例を導き出すまでに積み上げる犠牲の山を考慮……なんて心がきれいな人間ならそもそも手を出さないだろうけどね」
淡々と説明される中でやはり思い出されるのはあの地下室の記憶。今の話と全て合致している。しかしもう怒りや悲しみや憎しみが湧き上がるかと言われたら、そうでもない。
確かに書いてあることの胸糞悪さは尋常ではないが、もうそんな想いはすでにほとんど吐瀉し終わっている。
そんなことより今何を大切にするべきかを忘れたわけではないから。
「これだけ説明はしましたけど、誤解しないでもらいたいのは手前は黒魔術はしていませんよ。商売上材料などを要求する輩はいるのでその辺は取引として割り切って対応してますけど。君が見たダンディとの取引みたいに」
「そうそれだ! 治す薬を持ってるんだろう? それを俺にも譲ってくれないか!」
「あぁ霊薬のこと? あれはとーーーっても貴重なものなんだよねぇ。黒魔術の情報とは訳が違うんだよ。手前の提供できる品の中でもとっておきだがら、相応の物を用意してもらわないといけないんだよねぇ。君、そんなもの持ってる?」
「……古い骨董品とかならいくつか」
「あぁんダメダメ。今そういうの欲しがるお客さんあんまりいないんだよねぇ。霊薬と釣り合う今欲しいものって言ったら…………城とか?」
「無茶苦茶言うな!」
「それだけ貴重なものなんだってばぁ。今現在発見されている唯一の治療薬なんだぞ! しかも生成方法を知ってる人間なんてたぶん片手くらいしかいないぞ! ふんす!」
見えなくてもドヤ顔をしているのがわかる。しかしこのチャンスを逃すわけにはいかない。唯一と言われればなおさらだ。
城の代わりと考えていると、一つ持っている物を思い出す。
「なぁ、黒魔術ってのは誰にも見られないように隠されているんだよな?」
「ん? 当然そうだよねぇ。料理のレシピとかと同じだよ。その店で作った秘伝の調理法とか公表したりしないだろう? 秘することで、自分だけしか作ることが出来ないから価値が上がるってものよ」
「ならその黒魔術を使う人間の、なんていうか、実験場? とかって言うのも隠されているものなのか?」
「そりゃそうだよ。その部屋には黒魔術の研究成果がぜーんぶ貯めこまれているだろうからね。人を使って実験していることもあるから、誰にも見つからない場所にあるのは確かでしょうね。もしもその部屋が見つかりなんてしたら霊薬はもちろん望む宝石を指の数だけそろえてやっと釣り合う取引だねぇはーっはっはー!」
・ ・ ・
「うっひょぉぉぉぉぉぉぉ! この本棚宝箱じゃぁぁん! あ、これ材料? うぎゃぁぁぁぁ手記だぁぁぁぁ黄金にも引けを取らないよこれぇぇ! 壁に書かれた小さなメモひとつも見逃せない! はっはー人生勝ち組だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
取引を終えた次の日。今いるのは忌まわしいあの地下室のある草原。地下室の扉のそばにある大木の上でシロネコの歓喜の声を聞いている。
「地下室からでも声が聞こえるとか、喉潰れないのか……?」
あの質問のあと。霊薬の取引の材料として黒魔術の実験場を提示すると鼻で笑われ相手にされなかったが、自分の黒魔術に関わった経緯を話すと興味深く聞いてきたので、明日指定する場所に来るように言った。シロネコが来る前に木の上にスタンバイし、来たら声をかけて鍵を落として渡す。地下室の中に入って今に至る。
しかしテンションが全く落ちる気配がない。あそこには人を燃やした灰や子供の血が壁や床にこびりついているような場所なのに。
やがて興奮で顔が真っ赤になったシロネコが出てきた。
「ぜぇ、ぜぇ。なんてこった……地下室なだけにまさに掘り出し物じゃないか……手前今日は興奮して眠れないかも。あ、徹夜でこの地下室調べつくすからどうせ寝ないわ」
「霊薬には釣り合いそうか?」
「モチのロンだよ! 霊薬はきちんと用意する! 宝石もつけちゃうからね! その、用意するのは、ちょっと、ちょーーーっとだけ待ってもらえると嬉しいなぁ。ほら、まさか本当に出てくるとは見るまで信じてなかったし。霊薬自体も生成に時間がかかっちゃうから……ね?」
「時間がかかるのはしょうがないが、その地下室に執着しすぎて遅れるのはやめてくれよ。なるべく早めで頼む」
「それこそモウマンタイ! 最優先で作っちゃうから! あと、君ここで呪いを受けたんだったよね? 地下室の手記を見てなんとなく呪象の効果を察したんだけど……聞いていい?」
「そこまでわかるのか。いつか言おうと思ってたからいいよ。俺に身にかかっている呪いは『他人が自分を見て、視界から消えると記憶も消える』っていうもの。だから今でもシロネコに姿は見せられない」
「そう。やっぱり定着者だからと言って優位に働く能力ばかりでもないんだね。分かった。寂しいけど君との最適距離は保たせてもらうよ」
「ありがとう。といったところでだけど、地下室との取引、宝石の代わりに霊薬をもう一つ用意できないか? ステラの分と、僕の分」
「あー、それはちょっと無理だな。あ、無理って言ってもあれだよ? 釣り合わないとか用意できないとかじゃなくて、用意しても意味がないって言いたいの」
「意味がないって。黒魔術の治療薬なんだろ?」
「あの手記には書いてなかったけど、定着者には効かないんだ。霊薬は飽くまで体にたまった不完全な呪象を消し去るというだけで、肉体や精神に完全に染み付いた呪象、つまり能力を使える定着者には対抗できないんだ。君の呪象の詳細は知らないけど、ステラちゃんのような状態の呪象だから霊薬を用意するんだ。申し訳ないけど、効かないと分かってて用意するほど軽いものじゃないんだ」
「そうか……無理言って悪かった。せめて一本。しっかり効き目のあるやつをお願いする」
「そこは安心して! 最高品質のものを用意するから! とりあえず二日後に経過を報告するから、例の廃墟で!」
ホクホク顔で地下室に戻ったシロネコを届けてから木から降り、森の屋敷に足を向ける。
これでしばらくすればステラの目は治り、以前の生活に戻ることができる、はず。ステラの追われている事情が分からない以上まだ平穏は戻らないのかもしれないが、少なくとも目が見えず何も行動できない今の状態よりはよくなるはず。
しかしそうなれば大きな問題が一つ。
目の見えるようになったステラは当然他の人と同じになる。
この二人の関係は今の特殊な状況だからこそ成り立っている。片方でも欠ければたちまち今までの絆は無に帰す。
シロネコから霊薬の話を聞いた時から脳裏には過っていた。不自由な彼女の光が戻るということで事情もはさまずここまで手順を踏んできたが、結論を出さなくてはいけないことを最後に残してしまった。
考えていなかったわけではない。治すか、治さないか。簡単に二言で言えるこの言葉に染み込んだ意味に苦しんできた。
「おかえりなさいミラーク!」
もう自分の庭のように迷いのない足取りで玄関まで歩いてき、自分に抱き着くステラ。
「ただいま。遅くなってごめん、ステラ」
このぬくもりを、この感触を、この言祝ぎを。この微笑みを失う覚悟を固めることが出来ないままでいる。
ならば目を治さなければいい。目を治す方法は無かったと彼女に伝え、自分が一生そばにいると告白すればいい。
そうと割り切る決意があれば楽だったのに。彼女に言ったから。必ず治すと。その言葉を信じてくれたステラを心を無為にするわけにはいかない。
見えない壁が迫りくる感覚。押しつぶされそうなのは自分の心の居場所。決めなければいけない。今の心と同じように閉ざされたこの森の屋敷から、出るか、居るか。
「ミラーク、なにか心配事でもあるの?」
「あ、ごめん。起こしちゃったか」
「それはいいの。ただあなたの手汗がにじんでいたから」
「ご、ごめん! すぐに拭くから! っと、その、離してくれないと拭けないけど?」
「私が聞いてるのは手汗が出ている原因よ。そんなに緊張して、何か悩みでもあるの?」
自分でも気が付かなかった自分のことを把握しているところにも得難さを感じて、見抜かれた悩みは余計に深みを増す。
このようなことが毎度起きる。彼女に触れて話して生活して。その中で見つける発見や分かち合う営みを感じることが多々あるがゆえに、苦悩の種は肥大化していく。
「……ミラーク。あなたの悩みはきっと私が関係しているのでしょう? あなたに頼り切りで猫の手にも劣るかもしれないけど、他にいないなら、私に……」
頼ってほしいが力になりにくい部分を感じて萎れてしまった。こんな顔をさせてしまってはいけない。
「ありがとう。気持ちは本当に嬉しいよ。大丈夫。近いうちに君にも話すよ。もう少し待ってほしい」
「そうなんだ。……あの、その……わ、私も……」
「なに?」
「……ごめんなさい。何でもないわ。明日も出かけるんでしょう? もう寝ましょう」
「最近屋敷を開けてばかりでごめん。でもそろそろ落ち着くから。……おやすみ」
心を決めないと。そう思い急く気持ちが、余計に手を湿らせるのだった。
・ ・ ・
「急に呼び出してなんですかぁ? 手前は今超忙しい案件に取り掛かっているのですけれども?」
「は! 相変わらず非道な商売が繁盛しているようで。お忙しいところすいませんねぇ」
「玩具で遊ぶ子供のように黒魔術にお熱のあなたにだけは言われたくないですねぇ。で、なんですか? この前の子供たちじゃ足りなかったとか言うつもりじゃないですよね?」
「あぁあのモルモットに関しては有効に使わせてもらってるよ。今のところ、十分足りてるさ。それとは別件だ」
「はん? なんですかこの手配書……この子、がどうかしましたか?」
「手配書渡したんだ。人探しをしてもらうに決まってんだろ。近いうちにこの街にもこの手配書が配られるが、できれば穏便に見つけたいんだよ。裏の商売人のお前なら見つけやすいだろ? 見つけて連れてきたらお前の大好きな物々交換をしてやるよ」
「……分かりました。ただし、人探しの手数料は安くありませんよ。そこは肝に銘じてくださいね」
「おぉー怖いねぇ。ケツの毛までむしり取られちゃいそう、ぎゃはは! じゃあ出来るだけ早めに寄越せよ。分かったな」
「……行きましたか。はぁ。なんとまぁ、そういう繋がりでしたか。これはさすがに伝えるべきでしょうねぇ」
・ ・ ・
シロネコに指定されたこの日に霊薬を受け取る約束があり、少し早めに街に着いたところで衝撃の物を目にすることになる。
「この手配書……間違いないのか」
街のど真ん中で衛兵が配っていた手配書を見ると、そこにはいつも見るステラの顔が描かれていた。
「行方不明者である現国王と王妃の娘であるステラ・リベリオン・サンロードを捜索中である。見つけ次第保護。ないし衛兵に連絡と引き渡しを命ずる。……リベリオンって、たしかこのジェスターの王族の家名だったよな。そんなこと、ステラは……」
これだったのだろう。彼女が隠していた事実は。まだほんの断片のような気がするが、間違いなく氷山の一角だろう。
「今有力な情報を持っていて聞けそうなのはあいつくらいだな」
ちょうど約束の時間なので逸る気持ちをスピードに変えて向かう。
「おぉっと……シロネコ! 僕だミラークだ。すまない。取引の前に聞きたいことが」
「えぇそうでしょうとも。きっといの一番に聞いてくると分かっていましたよ。手配書のことでしょう?」
「ということはもう見ているんだな。あんたは知っていたのか? ステラのことを」
「いいえ知りませんでしたとも。ただ現国王にお披露目がまだの娘がいることは知っていましたが、それがまさかステラちゃんだということを知らなかったが正しいですね」
「なんでいまさらになって公表したんだ? ステラはもっと前から行方不明だったのに」
「ちょっとくらいは察しているかもしれませんが、公にできない理由があるんです。それはもちろんステラちゃんの目です」
「……黒魔術」
「それであり、その発端は身内にいるのです。王族と黒魔術が関係しているなんて知られたらこの国は終わりでしょう。どんなことが起こっても不思議ではありません」
「身内にいる、だって……まさか、王族があんな狂ってる儀式をやっているっていうのか!」
「グルでやっているのではなくただ一人の独断と暴走です。これ以上の子細はわかりませんが、恐らくステラちゃんはそれに巻き込まれたのでしょう」
壁の向こうでガラスの静かな音が聞こえる。
「あんなところで水遊びをしていたんです。あの森にある屋敷に住んでいるんでしょうが、今すぐに逃げたほうがいいです。仕事上これ以上のことは言えませんが、ステラちゃんは王家に戻っても事態は悪化するだけです」
「……そこまで助言してくれると思っていなかった。あ! 取引って言うのか!?」
「あちゃあ。仕事上の付き合いだけじゃなくプライベートでももうちょっと信用を得ておくべきでしたか。そんな野暮なこと言いません。ただステラちゃんとあなたが心配なだけですよ。キュートでセクシーだけどロクデナシな手前なんかとはもうこれっきりにして、彼女につきっきりでいてあげてください。ステラちゃんを救えるのはきっと君だけですよ」
「……ありがとう。シロネコのおかげで道が開けた。いつかまたステラと一緒に礼を言わせてほしい」
「これっきりにしろって言ったそばからそれですか。まぁ目が見えるようになったステラちゃんと会えるのは素直に嬉しいので、もう一回くらいならよしとしましょう。では手前はお先に失礼しますよ。それではこれにて取引終了。またのご愛好、ではなくまた会える日を楽しみにしております。ではでは」
鼻歌と軽快なスキップを鳴らしながらその場を後にするシロネコ。聞こえなくなったところで壁の向こうを見ると、床に置かれていたのは円状に並べられた十個の宝石。高価な宝飾品が添え物であるかのように、真ん中にはサファイアを溶かしたような美しい液の入った小瓶が一つ。
信頼して貰った霊薬を眺めてがくがくと揺れる想い。
国によって悩む時間も限られてしまった。目を治す約束も増えてしまった。二つの選択に悲鳴を上げる天秤を抱えたまま、決断の時はもうすぐそこまでやってきていた。
・ ・ ・
「ふぅ、いいお湯だったわ。で、どんなお話があるの?」
食事と入浴が終わり、ステラの部屋で向かい合う。あらかじめ話したいことがあると伝えてはいたが、やはり緊張する。この先の会話で何かが大きく変わるだろうから。
「今日、街で手配書が配られていた。君の顔が描かれた手配書が」
「……そう。じゃあ私のことはばれちゃったのね」
「うん。金髪は珍しいとは思ってたけど、まさか王族だとは思いもしなかったよ。その、お互いに先延ばしにしていたと思うけど、聞いてもいいかな。身分を隠していたこと」
「……そうね。もう話さないといけないわよね。じゃあ、聞いてくれますか、私のことを」
「聞くよ。時間がかかってもいいから」
「ありがとう。まず私の名前はステラ・リベリオン・サンロード。現国王の娘です。まだ国民にお披露目はしていないから、見ても知らないのは当然だわ」
「それに服もそういう雰囲気じゃなかったからね」
「それについても後に話すわ。もう一つ、これはもしかしたら信じてもらえないかもしれないけど、私の目は普通のけがや病気じゃないの。この国やほかの場所でも密かに悪用されている黒魔術と呼ばれる呪術が原因なの」
普通は知らないことなので、それに合わせてうなずいておく。
「……噂程度だけど、聞いたことがある。人に何か良くないものを取りつかせるとか、なんとか」
「それでもよく知っている方よ。私も詳しい方法や効果は知らないんだけど、そのせいで大勢の人が不幸な目にあっている。そんな非道徳な儀式が黒魔術」
ここまではシロネコに聞いたことと一致している。明かされるのはここからだ。
「私の目はその黒魔術に失敗に巻き込まれたせいでこうなったの。その黒魔術を行っていたのは……私の兄。現国王の息子で次期国王候補のガラバ・リベリオン・サンロード」
「兄……ガラバ王子なら僕も見たことがある。故郷に視察に来たときに一度だけだけど」
リフリーフの豊かな自然の保全についてとかで来ていたような気がする。あまりしっかり見たわけじゃないが、退屈そうというか不真面目な態度が見え隠れしていた様だったのを覚えている。
「兄はお世辞にも人がいい性格ではなかったのですが、一線を超えるような非常識までは持ち合わせていない人でした。……黒魔術を、始めるまでは」
スカートを固く握りしめる仕草で事情がうかがえる。
「詳しい事情は今でもはっきりせず噂ばかりでしたが、黒魔術に関わっているということを疑い始めたのは変わっていく兄の態度からでした。メイドから執事、挙句にはお父様やお母様にまで横暴になっていく態度。夜中の不審な外出。不可解な行動の数々。疑いは数あれど、黒魔術との関係性の証拠がないため無理な制限はかけられないためやり放題でした。そんな態度が続いていく中、私は見てしまったんです」
「まさか……」
「そう。不審に思った私は兄を尾行すると、誰も知らない隠し部屋に入っていったんです。あんなもの王宮になかったので、兄が作ったのでしょう。私もそこに入り進んでいくと、広い部屋でおかしな模様と縛られた子供がいたんです。様子を見ていると模様が光り、子供が苦痛に叫び初めて、そのあとです。兄は焦りを見せて後ろに下がって伏せたんです。私は何のことかわからないまま見ていると、子供が黒い光を放って……それからです。私の目が見えなくなったのは」
実験の失敗。器が呪象に耐え切れなかったということ。まさか外にまで影響することもあるとは。やはり何が起こるかわからない危険な行いということか。
「ごめんなさい。こんな非現実的なこと矢継ぎ早に話してもわからないよね」
「えっと……どういうことが起こったかは理解してるよ。続けて」
「分かったわ。でもその後は見えてないから曖昧で、兄に気付かれたので隠し部屋で行っていることを問い正すけれども、やっかいなことになったと話も聞かずに私の口を縛って無理矢理どこかに運び込まれて、着ていた服も変えられて、最後には多分荷馬車だったと思う。ガタゴトと揺れていて、止まったところで話している兄の声が聞こえたの。知られた。だから処理する。とか」
「狂ってる……自分の不始末でそこまでやるなんて」
「えぇ。狂わされていたんでしょう。黒魔術の何か魅力的な部分に。私は運よく縛られていた縄が解けたので逃げたんです。何も見えない状態で手さぐりに」
ステラが自分の身を抱えるように両手を組む。
「怖かった……殺されるっていうことと何も見えない恐怖がかけ合わさって震えが止まらなかった……唯一聞こえる話し声と反対の方向に逃げると、足に乾いたものが当たったの。恐る恐る触ってみて、多分干し草の山だって分かったからそこに潜り込んだわ。じっとしていると罵声が聞こえてくるの。逃げた、探せ、見つけないと終わりだって。そこからはもう全く動けなかった。何の頼りにもならない干し草を抱いて息を殺したわ。そして夜が明けるくらいの時間がたって、ほんの少し落ち着いたから干し草から出て動き出したの。その後はミラークが見た通りよ」
思い出して震えて涙を浮かべるステラを抱きしめる。一番安心できる方法を迷いなく行う。
「大丈夫。もう大丈夫だから。話してくれてありがとう」
「ありがとう、ミラーク……っすん」
かわいそうなので今までのように聞かないでおきたいが、もう状況がそれを許さない。
「その、僕と会った時に助けてと言ったけど、どうして城に連れていってとは言わなかったの? 国王に守ってもらう方が安全な気もするけど」
「城には少なくとも兄の息のかかった衛兵がいるわ。兄が聞きつけたらきっとすぐに仕向けてくるはず。だから迂闊には城には帰れなかったの」
「そうか……でも、君の身分が王女だということは明かおうとはおもわなかったの? それを知っていれば僕でもできる限り国王に会えるように動けたかもしれないのに」
「……途中から、そうしようかと思ったの。信用できる人だって分かったから、お願いしようと。でも……でもできなかった。失敗して見つかるとかじゃなない。ミラークが兄に私を売るようなことをするんじゃないかって、何かの拍子で脅されたら簡単に差し出すんじゃないかって、そんなことを考えてしまうの!」
「僕はそんなこと絶対しない」
「分かってる! ミラークがそんな薄情な人じゃないって、この屋敷で一緒に住んで、ごはんやお風呂の世話をしてもらって! 遠くまで買い物や私のことを調べてくれて! 夜は手を繋いで一緒に寝てくれて! 目の見えない赤の他人の私のために優しくしてくれたから知っているの! きっとお願いすればどんなことが待ち受けていてもやり遂げようとするって、疑いようもないのに……私の心の中からあなたが手を放してしまう光景が消えてくれないの……私が兄に捕まってミラークの足音が遠くなっていく雑音が耳から離れないの……だったら目なんか見えなくてもいい。この時がずっと続いてくれればいいのにって思うの……こんなにしてくれているあなたを最後の最後で信用できない私は、私が嫌いなのぉ……」
嗚咽とともに告白してくれた。おかげで天秤のあるべき結果を導き出すことが出来た。
「そんなこと言わないでくれ。それは信用していないんじゃない。僕のことを想ってくれている君の優しさなんだ」
「でも……でも私は今まで黙って……話せるときはいくらでもあったのに」
「いいんだよそんなこと。安心してほしい。君が僕に寄り添って信頼してくれる限り、僕はステラの、ステラだけの味方でありつづけるよ」
「ミラーク……ミラークぅ……ありがとう……ありがとうぅぅ、あ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
涙も体も心もすべてミラークに抱き着き預けてくる。今の自分こそ最高に幸せだった。この幸福を離したくはないが、もうそれは叶わない。なにより願うべきは彼女の幸せである。
だから決めた。霊薬でステラの目を治し、その瞳に映る前に去ることを。
・ ・ ・
「なんで見つからないんだって聞いてるんだよぉ!」
ガシャァン! と重い金属が大理石の床をたたく音が鈍く響く。王族御用達の豪華な服を着たガラバが衛兵を蹴り倒した音だった。
「お前らが人ひとり見つけられない無能だから父上が手配書を撒いたんだぞ!?」
「も、申し訳ございません! 当初から全力で捜索しておりますが、不気味なくらい手掛かりの一つも見つからず……」
「言い訳とかいらねぇんだよ。目が見えないくせにどこに逃げ込みやがったんだあの愚妹が! 昔から気持ち悪い正義感かかげてうざいってのにここにきて極まりやがって!」
「城下町はほぼ捜索し終えたので国外も捜索中ですが、範囲が広すぎて難航しております」
「外で野犬にでも食われてりゃ手間が省けるんだがなぁ。人がいる所も探したんだろうな!?」
「勿論です。かくまっていてはいけないので無理矢理押し入って捜索しましたが、今のところ成果は得られておりません。残すは南門の先にある湖の向こう。北門の先にある森林の向こうが捜索しておりませんが、この先ではもう距離的に捜索はまともに行えないかと」
「ふざけたこと抜かしてんじゃ……おい、森林って言ったか?」
「は、はい。木こりや狩人ですら立ち入らない危険極まりないあの森林ですが、何か?」
「たしかあの森には……まさか……もういい。捜索に戻れ。父上が先に見つけて俺がつるし上げられたら貴様らの誰かに擦り付けてやる。いいな!」
「こ、心得ております! おい、さっさと行くぞ!」
鉄兜越しでも青ざめているのがわかるくらい慌てて部屋を出る衛兵たち。それを見送るガルバは卑屈な笑みを浮かべていた。