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星と孤独と求めたジニア  作者: 一九山 水京
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三章 「幸運を運んでくるのは何色?」

 二人が打ち解けあった日から時間は目まぐるしく過ぎていった。

 朝起きてステラを起こす。着替えを渡して後ろを向く。着替え終わったら正しく着用できているか確認。たまに胸元がはだけていたりスカートが捲れていたりとキワドイ部分を赤面しながらも指摘し、された方も赤面しながらそそくさと直す。

 朝食は掃除が終わった一階の食堂でとる。ミラークはステラのあとに済ませるので、ステラの食事のサポートに集中する。パンなどなら自分の手で食べられるが、皿とスプーンないしフォークで食べるものはそうはいかない。雛に餌をあげるように口へ運んであげる(ちなみにこの表現をそのまま伝えると両手でポコポコ叩かれた)。男と女で食べる感覚が違うのも難点の一つだった。すくったものを落とすし息で冷ますちょうどいい温度を計りかねる。口に運ぶ量を間違えるなど苦難は絶えなかった(ちなみに結構な量を口に運んでしまいほっぺたがパンパンになりそれがリスみたいだと伝えるとこれまたポコポコと叩かれた)。

 食事が済むと大仕事の一つ、屋敷の大掃除に取り掛かる。掃除こそできないものの、部屋で待たせず、同じ部屋で一緒に過ごす。ミラークが掃除をしながら椅子に座っているステラとなんて事のない話をする。

 一階にある倉庫を掃除していたある時。

「肌で分かるわ。一段と埃がすごいわね」

「口に当てている布とっちゃだめだよステラ」

「えぇ。ここは倉庫って言っていたわね。なにか珍しいものでもある?」

「普通の道具とかもあるけど、それ以上に結構値が張りそうなものが並んでるよ。絵画とか彫刻とか」

「それはきっとここの持ち主の趣味で集めていたものだったと思うわ。特に気に入ったものは屋敷に飾ってあったと思うけど」

 確かに玄関のシャンデリアを始め廊下や壁にこれ見よがしに展示されていた。まさしく富豪の趣味という感じである。

「この辺の物ってどうする? 綺麗にして元に戻そうか?」

「いえ、もう売ってしまって構わないと思うわ。屋敷ごと捨てられているのですから、有効活用しちゃいましょう」

「やっぱりステラって結構大胆な時があるよね。というかここの家主を知っているの?」

「知っているけど知らないわ。正確に言うと子供のころに見た記憶はあるけど、どんな人かは覚えてないの。この辺では有名な富豪だったと思うのだけれども」

「なるほど……ゴホッ、ゴホッ! うわぁすごいなこれは。ロープの山だ」

 見えないステラのために掃除の内容を聞かせることも重要である。

「ロープ……それだわ! ミラーク、そのロープをあるだけ私の部屋に運んでくれない?」

「ロープを? いいけど、何に使うつもり?」

「それは後のお楽しみ。大丈夫、危なくないようにするから」

「一歩間違えたら危なくなるみたいな言い方だね……」

 多少の不安を覚えながらもステラを信用してロープを部屋に運び込んだ。

 掃除以外にもう一つ大仕事がある。

「じゃあ行ってくるけど、本当に大丈夫?」

「心配しすぎよミラーク。あれだけ確認と練習をしたじゃない。もう目を瞑ってだって自分の部屋に帰れます!」

「いや瞑っているようなものじゃないか」

 それは屋敷を出て買い出しに行くことである。ミラークは屋敷に一人置いていくことに不安しかないので一緒に行くように提案したのだが、即座に却下された。

「街に行くと私を追っている人に見つかるかもしれない。それに私がいると時間がかかるでしょう? ミラーク一人で行く方が効率的だわ」

 というのでせめてお手洗いの場所だけは一人でも行けるように練習を重ねたのだが、やはり離れ離れになることが不安を増長させる。

「やはり一緒に……」

「ミラーク。私も離れるのは不安だわ。あの夜に言ったことに偽りはない。だけど二人の今後を考えたらこのほうがいいわ」

「……そう、だね。ごめん。我が儘を言った」

「いいえ、それは我が儘じゃないわ。あなたの優しさよ」

 微笑むステラを抱きしめてほんの一時の別れを告げる。

「じゃあ、その……いってきます」

「うん。いってらっしゃい」

 手を振って見送り、玄関の扉が閉まる音を聞いて手を止めて

「よし、やるわよ!」

 謎の決意を決め、部屋に戻っていった。


              ・ ・ ・


 ミラークが向かうのはステラと出会った城下町ジェスカーである。屋敷から一番近い都市で、あらゆるものがそこで手に入るからだ。

「やっぱり歩いてだと結構かかるな」

 ジェスカーの検問の列に並び独りごちる。森を抜けるのに十五分。牧場を過ぎて城下町に着くまでの一本道に一時間。ステラがいない分来た時よりも少し時短出来たとはいえ片道一時間と少しの道のりである。時間がかかればそれだけステラを一人にさせる、そして帰るのが夜になれば森を歩くのが極めて危険になる。方向感覚もそうだが規模の大きな森なので獣と遭遇する可能性が非常に高くなる。もちろんミラークは猛獣を撃退できるわけがない。晩御飯にされるだけである。

 そんなわけで夜になると森に入れず朝まで帰れなくなるので、長く滞在することはできない。限られた時間の中でやるべきことをしなければいけない。

「ふぅ、買い物はこんなところかな」

 毎度のことながら呪いのせいで悪戦苦闘しながらも買うべきものは買いそろえることができた。

 しかしミラークのやるべきことは買い出しだけではない。それは情報収集である。

 今現在ミラークは知らないことが多すぎる。自分の呪いのこと、ひいては黒魔術のこと、ステラのこと。成り行きに身を任せてここまで来たが、ほとんどの問題が解決していない。むしろ増えていく一方である。

「まずはステラの状況だ」

 一人でこの街に来た時に呪いや黒魔術のことは成果こそないもののそれなりに調べたので自分の呪いのことはひとまず置いておき、ステラのことを調べることにした。

 調べるといってもステラの過去や出来事を暴こうというわけではない。ステラは追われていると言っていた。誰に追われているのか、どのくらいの規模で捜索がされているのか。いわばステラの安全のために敵のことを調べるのである。

 そもそもステラが本当のことを言っていないかもしれないということはミラークも頭には浮かんでいる。だがそれで彼女を疑うようなことはしない。調べた結果追われていないのならそれでいい。一番危険なのは彼女の言葉が本当だった場合に何も対策をしていないということだから。

 手始めに街にある衛兵の詰め所に足を運ぶ。

「すいません。探し人の一覧を見せていただけませんか?」

「あぁいいよ。……ん? どうしたんだい君?」

「あの、その手に持っている探し人の一覧を見せてください」

「これ? あぁいいよ。どうぞ」

 呪いにも慣れたのか、多少スムーズに会話が進み、紐で綴じられた紙の束をめくり眺める。

 迷子や家出の人の名前と特徴が書き連ねられている。一人ずつ目で追って確認し、最後のページを眺め終わり衛兵に返して詰め所を出る。

「名前、無かったな……」

 一応二巡して確認したが、やはり名前はなかった。名前がないということはまだ誰も捜索の届けを出していないということである。そのままの意味か、あるいは

「あまり知られたくないことなのか……?」

 追われているということが本当ならば、なにか後ろ暗いことが関係していると考えられる。あまり公にしたくないから、衛兵に知られる探し人に届けを出していないということなのかもしれない。

「考えすぎかもしれないけど、一応頭には置いておいたほうがいいな」

 もしそうならいったい何になぜ追われているのか、そのあたりは全く想像もできないので、保留にする。

 その後聞き込みなどで情報を集めるが、黒魔術の時と同じく特にめぼしい情報は聞けなかった。

「さすがに一日目では……ん?」

 頭を悩ませていると荷馬車を見かける。荷馬車だけなら今までいくつも見かけたが、行き先がおかしかった。

「あの先って、確か空き地しかなかったはずだけど……」

 荷馬車が進んだ路地の先は事故などの理由で崩れた建物が立ち並んでいるだけの空き地で、昼頃なら子供たちの遊び場になっているくらいの場所だ。店はおろか人さえいない場所に一体何を運ぶというのか。

 気になったので後ろをついていってみることにした。考えられるのは空き地に買い手が付き、何らかの建物を建てるための工事が始まるというところなら納得がいく。それならそれで知りたいので聞けばいい

 街の喧騒から離れ静かな空き地を荷馬車が轍を作る音だけが響く。やがて荷馬車はある廃墟の前で停車した。

 空き家の陰に隠れて様子を窺っていると馬を手繰っていた男が荷台に入り何か話している。やがて出てくると積み荷が出てきた。それは

「子供!?」

 鎖につながれた子供が弱弱しく荷台から降りてくる。それも一人ではない、五人ほど見える。

服はボロを着せられていて両手に手錠とそれに繋がれた鎖。鎖の先は男が持っていて、せかすように引っ張っている。

「あれは奴隷か? 酷いことをする」

 この都市に限った話ではないが、奴隷という言葉はあるがそんな扱いを行えば罪に問われる。その上ここジェスカーでは特に重罪となる。都市の一角に巨大な刑務所があり、ほかの街で犯罪者も流れてくるほどの規模と警備がなされている。都市の巡回も他とは比較しようもないここでこんな大それたことをすることに驚きと疑問が絶えない。

「……もしかして、ステラもこれに関係している?」

 さきほどの子供が来ていたボロは最初に会った時にステラが来ていたものに似ている(ボロなので似ているというのもおかしいが)。人身売買や拉致監禁されていて、何かしらのアクシデントが起きてステラはそこから逃げ出した。おそらく探してはいるけれども扱いが扱いなので衛兵に届けを出すことができないというのなら辻褄が合う。

「なんにせよもう少し様子を見て事態を把握しないと――」

 ゴォーーーーン、ゴォーーーーン

 鐘の音が町中に定刻を知らせる。今は午後三時だ。

「しまった。もうそんな時間か」

 そろそろ街を出発しないと夜の帳と鉢合わせてしまう。目の前の貴重な情報を逃すのは惜しいが、何が一番であるかは分かっているので、その場を後にして屋敷への帰路へと向かった。


              ・ ・ ・


「なんとか戻れたな……正直危なかった」

 森を踏破し屋敷を目にして一安心する。あたりは橙色の夕焼けに染まっている。もう少し出るのが遅れれば森は立ち入り不可になってしまっていただろう。

「もっと余裕を持たないとな。ステラ、何事もないといいけど」

 賢いステラのことなので心配こそしていないものの、やはり一人となると心細いだろう。

「ただいま! 今帰ってえぇえなにこれ!?」

 玄関を開けて目に飛び込んだのは笑顔のステラではなく、クモの糸のように張り巡らされたロープの数々だった。

 二階から階段を下るように伸びているそれは右から左とあらゆる方向に延びている。

「ど、どうなっているんだこれは……」

「ミラーク? 帰ってきたの?」

 二階からステラの声がするので見てみると、張られているロープの一本を伝うように歩いてくる。

「うん、今帰ったよ。その、見えない君に聞くのも酷かもなんだけど、屋敷中にあるロープのことって何か知っている?」

「あ、ちゃんと出来ているかしら。ごめんなさい、私が取り付けたの、屋敷の導として」

 ロープを伝って階段を下りてくる様はいつもより軽やかで、それでなんとなく理解できた。

「えっとね、ミラークがいれば大丈夫なんだけど、留守にするときもあるじゃない? そんな時に私が一人でも動けるようにって考えたのがこれなの! 今はまだ半分もできてないけど、この屋敷にある部屋全部にこの導を結んでいこうと思うの」

 ロープをたどりながらいつもよりスムーズに階段を下りる実演を見ると、確かに効果は期待できるように思う。危ないことをしないでほしいと注意したくなったが、これが自分のためだと聞かされると、とても言う気にはなれなかった。

「そういうことか。なら明日はこの続きを一緒にしようか」

「ありがとう! ミラークが見てくれるならすぐに終わるわ!」

 ステラの手がかりになりそうな情報をつかんだので明日も街に行こうと思っていたのだが、予定を変更する。それは重要だが、本当のところはステラと一緒にいたいというが本音である。町の買い出しだって極力行きたくはない。

「お昼もパンだけだったし、お腹空いたでしょ。ご飯にしようか。色々買ってきたけど、何か食べたいものはあるかい?」

「そうね、温かいものでお願いしてもいい?」

「うん了解。すぐに用意するよ」

「あ、ちょっと待って」

 ステラがこしらえたばかりのロープをたどりミラークの元に行き、その体を抱きしめる。

「おかえりなさい。ミラーク」

「……あぁただいま。ステラ」

離れて寂しさで少し冷えた二人の体と心を再び温め直すのは、これで十分だった。


              ・ ・ ・


 ミラークの一日の仕事の中で一番大変なことは街への買い出しでも屋敷の掃除でも庭の手入れでも犯罪者らしい者の情報取集でもない。

「ミラーク。ちゃんといる?」

「い、いるよ、後ろにちゃんといる……うん」

 それはステラをお風呂に付き合うことだった。

 目が見えない者のお風呂はいつも以上に危険が伴う。石鹸の泡で足を滑らすし、変なところを弄って火傷をする場合だってある。いつも以上に目を光らせて見てあげないといけない状況なのだ。

「だからってじっくり見ていいわけないじゃないか……!」

 浴室で体を洗うステラは当然生まれたままの姿である。つい最近まで女の子と手も繋いだことすらないミラークにとって一足飛びどころではない試練である。

「ミラーク、石鹸を取ってもらえない?」

「……前に二歩、右に一歩歩いたところの壁、君のおへそ当たりの位置に吊してある」

「分かりにくい! なんでミラークが取ってくれないの?」

「うぅ……その、あれだよ、分かるだろ!?」

「分かるけど、本来恥ずかしがるのは私だと思うのだけれど」

「そういうけどステラは平気そうじゃないか」

「そんなことないわ。今も恥ずかしくて体中から湯気が出ている気がするもの」

「お湯の煙のせいで真相がわからない……!」

「恥ずかしいのを我慢してお風呂に入るか、恥ずかしいからお風呂を我慢するか、秤にかけたら前者しかないわ……まぁ」

「まぁ?」

「見られるのがあなただから、この選択を選んだっていうのも、その、あるのよ?」

「ステラ……」

 目が見えないうえ自分の裸をどこからか見られているということを信頼の一言で許容した強さを見て、自分の覚悟を改める必要を感じた。

「ごめん。僕が及び腰じゃいけないよね」

「どっちにしても気にしてないわ。なら改めて、石鹸お願いします」

「うん! 今渡すよ!」

 目を逸らすのをやめてしっかりとステラに見る。

 この屋敷に来てボロから着替えたときにも分かったが、ステラは魅力的な肉体を有していた。

 抱きしめて感じ見てもわかるほど柔らかく手折れそうなほど細い腰のくびれ。陶器のように滑らかでいて泡を彷彿させるような麗しい脚線美ないし下半身。過剰にないもののそれだからこそ保たれる美の彫刻家が彫り上げたような美形の双丘。それらが水によって滴ることでよい一層の輝きと色めきを香せている。男なら魅了、女でも魅了ないし嫉妬するであろう女体が目の前にある。ミラークははっきり思考した。美の女神であると。

有言実行、石鹸を渡し、その後髪と体を流し、湯船に入れ、タオルを渡して着替えを渡してミッションコンプリート。

 この時ミラークはステラの目が見えなくて良かったと初めて思った。鼻からポタポタとこぼれる邪な鮮血を見られなくて済んだから。


              ・ ・ ・


「さて、今日は出てくるかな……」

 以前子供を運んでいたローブ姿を探して空き地を歩き回る。

 街の買い出しの度にこの空き地に訪れては巡回しているが、未だあの時以上の成果は上がっていない。

「もう場所を変えたのかな……っと?」

 探す場所を戻そうかと考えたその時、人影が見えた。先の路地を歩いて行ったので足音を忍ばせて近づいていく。

「いた……建物に入ったか」

 歩いていたのは陰気な黒いローブを着た人間だった。黒ローブの人間は適当な廃墟に入っていき、それ以降何も動きがない。これから何かするのだろうか。それとも誰かを待っているのか。その答えは後者だった。

 反対側から一台の荷馬車が来た。荷馬車は黒ローブのいる廃墟の前で止まると前回と同じように荷台から子供を引っ張り出す。よく見れば運転手の男は前に見た奴と同じだった。建物に入ったので会話を聞くために壁まで移動して耳を澄ませる。

「いやぁごめんねぇ。こんな辺鄙なところに何回も」

「そ、そんなのはいい。この子供で、約束の数に足りているだろう」

「あぁそうだなぁ。これで今回のこの三人で合計二十人。確かに納品していただきました!」

「(二十人!? そんなに攫っているのか!?)」

 そう言われてみれば前に衛兵の詰め所で見た探し人の一覧に子供の名前が多かったのを思い出す。ただの迷子か家出かとその時は思ったが、よもや半数以上が人攫いだとは。

「そうだろう、ほら、言う通りに集めたんだ。早く、早く例の薬をくれ!」

「そう焦りなさんなって。誘拐なんて大仕事が無事終わったんだよ? ここは祝杯の一つでもしようじゃないか! 手前ねぇ最近いい酒が手に入ってな? 一緒に空けない?」

「お、お前なんかと馴れ合う気なんてない! 約束の薬をもらったらもうあんたとは関わらん!」

「ありゃりゃつれないねぇ。しっかし改めて可哀そうな話だよなぁ。お宅の娘さんが誘拐されて戻ってきたら黒魔術のモルモットにされてたとはねぇ」

「(黒魔術!? 今あいつ黒魔術って言ったか!?)」

「実験体にされた娘さん、両手両足が動かないんだっけ? でも運がいい方だったんじゃない? 噂では実験体になったらほとんど死んじゃうって聞くし」

「お、お前、本当に治る薬持ってるんだろうな!? 適当に話してはぐらかそうってんじゃないだろうな!?」

「もうせっかちだねぇ。霊薬でしょ? ちゃんと渡すってばぁ。ほら」

「ばっ! ……っと! おい! 投げるんじゃねぇよ落としたらどうするんだ!」

「んもぅ注文が多いなぁ。ちゃーんとモノホン渡しただけありがたいと思ってほしいなぁ」

 薬を受け取ると悪態をつきながらも廃墟から出ていき全力で走っていった。一秒でも早く娘を治したいのだろう。

「さぁてこれで依頼品は揃ったし、持っていても厄介だから、今晩にでも渡しちゃおうかな。それと壁の向こうの誰かちゃん。用件があるなら手短にお願いしまーす!」

 ビクッ! と予期せぬ呼びかけに体勢を崩してしまう。音を立てたつもりはないが、その手の道の人間にはバレバレだったようだ。

「……その、聞きたいことがある」

「およ? 出てこない? まぁ別に私も暴き立てようなんて思わないしねぇ。人の事情は星の数ほど、なーんてロマンチストすぎたか!」

 けらけらと一人で笑う。確かにこの調子で話をされ続ければさっきの男のようにイラつくのもわかる気がする。

「お前は何の目的でこんな人攫いなんてやってるんだ? 衛兵に捕まるぞ」

「捕まらないよーあんな同じ道を同じ時間にぐるぐるぐるぐるしているような間抜けな連中になんてー。てかなに? 取引の話じゃないの?」

「取引? さっきの男とのことか?」

「ははーん。こりゃ本気で分かっておられない様子。手前を捕まえようとかそんなことじゃないんだねー。なら挨拶から入りましょう!」

 頭に何かが落ちてきた。手に取ると包みに入ったアメだった。

「私の名前はシロネコ! お互いの幸せを交換しましょう。そうしましょう。という感じで物々交換を生業にしている者だ! シロちゃんじゃないネコちゃんじゃない。ちゃんをつけるならちゃんとシロネコちゃんと呼んでね! あ、そのアメちゃんはタダであげるから、気にしないでー」

「…………黒いローブなのにか?」

「それを言わないで! 白色のローブなんて汚れが目立つし私も目立つし! 名前との合致と利便性を天秤にかけたら断然黒がいいんだよー! でもクロネコとは呼ばないでぇぇ(泣)」

 もうよくしゃべるやつだということしか頭に入ってこないが、それでも何とか質問を続ける。

「その、物々交換? と人攫いがどう関係するんだ」

「関係大ありですよー。交換って言ってるでしょう。あのダンディは娘の呪いを解くために霊薬が欲しいと言ってきた。だから私はそれに見合うものとして子供二十人と交換しましょうと提案して、取引が成立したのだった。ちゃんちゃん。あ、その子供ほしいとか言わないでね。もう取引相手がいるんだから。まぁその他に欲しいのがあったら藁一本からお城まで何でも用意するから! まぁお城なんてホントに要求してきたら見返りに浴槽いっぱいの宝石とかもらうけどね」

 つまりこのシロネコと名乗る女は等価交換で善し悪し関わらず取引をするという。それが今回たまたま子供二十人だったということ。ホントよくしゃべるなこいつ。

 しかしそんなことより聞き捨てならないことがある。

「黒魔術について知っているのか。それに治す薬を持っている?」

「そこに食いつくってことは、君もさっきのダンディと同じく被害者な口? あ、もしかして姿を見せないこととかんがみると被害者は君自身だと見た!」

「そうだ。もしよかったら黒魔術について教えてくれないか? それと治す霊薬とやらについても」

「はーい! では今から授業を始めます! と言いたいところだが、世間には知られていない黒魔術のことを話すのはタダじゃあいただけないにゃあ」

「……なるほど。これがあなたのやり口か」

「人聞きの悪いことを言わないでほしいなぁー。ビジネスと言いたまえ。まぁビジネスには計算高さと強かさがいるけどねん」

 抜け目のないとはこのことだ。出会って少しだったとはいえシロネコを甘く見ていた事実が浮き彫りになる。

「で、交換として何を要求するんだ?」

「そうだねぇ。君のご所望は黒魔術と霊薬のレクチャー。ならこっちは、そうだな……よし、こっちも情報をお願いしようかな!」

 書き込む音が聞こえ、しばらくするとまた投げてよこしてきた。丸めた紙を広げると地図らしきものが書いてあり、目的地とされるバツ印もある。

「そこの地下にある手記を持ってきてもらおうかな。たぶん本棚とかじゃなく引き出しとかにしまってあると思うから。期限は三日後にまたここで会いましょう」

「さっきの男と言いなんで必ず犯罪まがいのことをさせようとするんだ!」

「たまたまだよぉ。私の欲しいものがたまたまそういう場所にあるってだけ! というか嫌なら別にしなくていいんだよ? 手前が困るわけでもないし」

 出来る出来ない以前に当然犯罪なんてしなくない。だができないで言えばもうこれ以上黒魔術についてを自分だけで調べることの方が厳しいだろう。このチャンスに付けこまれているようで癪だが、やるしか道はない。

「…………このことを口外しないでほしい」

「しないしない! お客様との信頼こそ何事にも代えがたい財産ですからね! では交渉成立ということで手前はこれにて失礼! の前に、姿が見えないのでせめて名前くらいは教えてほしいなぁ」

「……ミラーク。ミラーク・ロンハートだ」

「ミラーク。ミラークね承りました! ではつぎ逢う日まで、さらば!」

 シロネコは荷馬車に乗り込むと上機嫌に鼻歌を歌いながら廃墟を去っていった。壁にもたれかかりずるずると尻もちをついて気を抜く息を吐く。

「はぁ……僕の人生、いったいどこまで転がり続けるんだ……」

 どんな気分だろうと変わらない澄みきった青い空を眺めながら溜息を吐く。どうやら世界はこの程度では寄り添ってはくれないようだ。


              ・ ・ ・


「泉に行きましょう」

 次の日の朝。起き抜けに眠気を払ったのはステラのこの一言だった。

「お、おはようステラ。すごく急だね、うん」

「おはようミラーク。いいえ急ではないの。前からずっと考えていたことなんですもの」

 詳しい話を朝食を食べながら聞いた。

「つまり、この近くにきれいな泉があったはずだからそこで遊ぼうと、そういうわけだ。はい、あーん」

「あーん。んむんむ……えぇ。もうずっと家の中の掃除ばっかりだったじゃない。たまには埃とは無縁の場所で気分と肺をリフレッシュさせるべきだと思うの。お互いに」

 至極納得のいく理由だったので承諾した。川ならば流れがあるので危険かもしれないが、泉ならとんでもない深さがあるわけじゃないなら大丈夫であろう。話を聞く限り深さも大したことはなさそうだ。

 なんにしてもまずはその泉を見つけないといけないので、一人で森の泉を探索することに。いつも街に行く道ならば踏み歩いているので多少は歩きやすくなっているが、それ以外の部分は人の手が全く届いていない野生の領域。膝ほどまである雑草を踏み分けて探す。

「お、見つけた。……うん。これならステラでも大丈夫そうだな」

 屋敷からそう遠くない場所に例の泉はあった。広すぎず狭すぎず、深すぎず浅すぎず。そしてなにより水底がはっきり見えるほど水の透明度の高い。人が遊泳を楽しむにはもってこいの泉だった。

 場所と道順をよく覚えながら屋敷に戻り、ステラを背負ってもう一度泉に向かう。

「泉は綺麗だった? 私が覚えている限りでは透明で日の光が反射してキラキラして綺麗だったのだけれど」

「ステラの記憶通りだったよ。だから安心してリフレッシュするといい。着いたよ」

「あ……なんだか空気が気持ちいいわね。水辺の近くだからかしら」

 背中から降りて手をつなぎ泉に誘導しようとした時、予想外のものが現れた。

「おやおや? こんな辺鄙な森に人がいるなんて。しかも文句のつけようもない美少女! 同性の手前、嫉妬を通り越して魅了されちゃいそう!」

 こっちが目視してとっさに隠れられたが、ステラは隠しきれなかった。見た姿、あの声にあの調子のいいしゃべり方。間違いなく昨日取引を交わしたシロネコであった。

「え、え? なに? どなたかいらっしゃるの?」

「ステラ、僕の方に来るんだ。シロネコ! なんでこんなところにいるんだ!?」

「その声は昨日の……ミルーク? 違う牛乳じゃないな。ミラークそうミラークだ! こんなところで会うなんて奇遇だねぇ。昨日の今日だけど、例の件は順調?」

「例の件?」

「あー気にしなくていい! ステラ、泉にはやかましい先約がいるみたいだ。水遊びはまた今度にしようか」

「会話の潤滑油と言いなさい! どんな相手でも滑らかに会話が進むこの話術をやかましいとは!」

 その潤滑油とかのせいで男がいら立っていたじゃないか。火に油とはまさにあのことだ。

「その、ミラーク? なんとなくだけど、悪い人じゃなさそうな気がするの。手に刃物とか持っていたら別だけど」

「ん? 盲目なの? 安心して! あなたの前にいるのは黒いローブを着た誰もが羨む美を体現した美少女。名前をシロネコと申します。以後お見知りおきを」

「ステラ。覚えるのは服と名前だけでいいぞ」

「分かった。黒色なのにシロネコさんね。初めまして、ステラです」

「二人そろって突っ込まれたくないところを的確につきますねぇ! でもかわいいからいいや! うんうんよろしくステラちゃん!」

 木の陰に隠れているから見えていないが仲睦まじく握手を交わしているようだ。ちょっと危険思考が混じるシロネコのことは伏せておくつもりだったのに、まさか次の日に直接対面することになろうとは。

さらに問題はここにステラがいることが知られてしまったことである。住んでいることまで喋っていないものの、盲目の少女とこんな森の奥深くにいる時点で怪しさに満ちている。

「ところでさっき水遊びって言ってましたね。泳がないんです?」

「そうよ。シロネコさんは親切だってわかったし、早く行きましょうよミラーク!」

「いや、ちょっと待って、引っ張らないで!」

 ステラが催促して引っ張ってくるがシロネコがいるので出るに出られない。見られたが最後呪いが発動し取引は記憶ごとなかったことになってしまう。自分のことを忘れたシロネコともう一度会える保障もないので絶対に見られるわけにはいかない。

「……ステラさん。ミラークさんはとぉぉぉっても奥手みたいなので、きっと私と目を合わせるのも恥ずかしいんですよ。現に今も木の後ろで顔を真っ赤にしていますからね」

「まぁそうなのミラーク? 私とは普通に話すのに、おかしいわね」

 隠れていることは事実なので、赤面していない言い訳をしても説得力は皆無。ギギギと歯を食いしばるしかなかった。

「で、手前もこの泉に用事があるので離れられません。ですので水遊びは手前としませんか?」

「はぁ!?」

「え? でも御用があるのでしたら、そちらが済んでからでも」

「いえいえ、手前の用事は少しかかりますし、その間体を冷やしては申し訳ない。元はと言えば手前が来たのが原因ですからね。ミラーク君もそれでいいですか? 大丈夫ですこのことでなにか要求しようなんて考えていませんから! それをいうなら美少女と水遊びってだけでもうふへへじゅる」

 正直今すぐにステラを抱いて屋敷に逃げたいのだが、シロネコに追いかけられてほんの僅かでも後ろ姿を見られた時点で呪い的にアウト。ステラの安全のためにシロネコと縁を切る覚悟をするべきなのかもしれないが、取引以外では(多分)危険な様子が見られないので任せてもいいかもしれないという気持ちもないとは言い切れない。

 頭を巡らせているがこれ以上時間を伸ばして下手に姿が露見するかもしれないので、屋敷で自分以外の人間と会う機会のないステラのためだと無理矢理言い聞かせて承諾を決意する。

「……分かった。ただ俺も見張っているからそこは忘れないでくれ!」

「分かってるよん。すごい過保護だねぇステラちゃんのボーイフレンドは」

「そんな。私たちはそんなじゃありません。もっと綿密な……人には言えないカンケイです」

「まさかのカウンター!? 畜生手前だって本気出せばオスの一人や二人や百人くらい!」

「大丈夫、シロネコさんなら素敵なイケネコが寄ってきますよ」

「この涙! 泉で洗い流すしかない!」

 ステラの言うカンケイは事情を話し合ったという点のことだろう。人には言えないもんね。

 そんなこんなで水遊びを始めた二人。明るく楽しそうなステラの声に気持ちのいい水音が重なる。シロネコはちょっと衛兵を呼びたくなるような声やセリフを発しているが、何もできないのでギリギリと我慢を歯にぶつける。

見られないように慎重に泉の様子を窺い続けること数時間。日が暮れそうになってきたのでお開きとなった。

 ステラを着替えさせているとウトウトと舟をこぎ始め、背中に背負うとすぐに寝息を立て始めた。

 先に帰ってあとをつけられてはいけないので、シロネコの作業が終わり変えるまで見守る。

「いやぁ満足満足。手前は心も体も若返ったようですぅ。あ、若返ったって言ってもそんなに年寄りじゃないですからね! 君たちで言うところのお姉さんですからね!」

「分かった。分かったからボリュームを下げてくれ。ステラが起きてしまう」

「おっとこれは失礼。手前の用事もあと少しで終わりますので」

「……その、ありがとう」

「ふん? なんです急に」

「偶然にしろ、ステラの相手をしてくれたこと。久しぶりに俺以外の人と話したり遊んだりしたから、楽しかったと思う」

「さっきも言いましたが、手前も楽しかったですよ。仕事のことも忘れるほど遊んだのはいつぶりでしょうねぇ」

「ちょっと年寄り臭いぞそのセリフ」

「いやー! 若さを吸収した途端リバウンドとかー! 本当にまだ二十二歳の麗しの乙女なのにぃ!」

 号泣しながらでも作業を進め、一区切りついたのか帰り支度を始める。

「しかしそういう事情でしたか。いやはや泣けるじゃないですか」

 はっきり言って油断していた。ステラと親しく接してくれたことで警戒心が下がっていたという場全くその通りである。

 だからだろうか。もっとステラに対して釘を刺しておかなかったのは。


「黒魔術のこと聞いていたのってステラちゃんの目を治すためなんですよね。それを他人に明かさず必死に彼女のために悪事をすることになっても骨を折るなんて……くぅ~男ですねぇ!」


「……………………うん?」

「え? なんですその忘れ物を忘れたみたいな返事は」

「待て。あんた今、ステラの目のことを黒魔術って言ったのか?」

「えぇそうですg……え、嘘。もしかして聞いてないです? 知らないんです?」

「…………ちょっと詳しく聞かせ――」

「あーもうかえらないとーくらくなるまえにー!」

 水遊びをした後とは思えないほど冷や汗でぐっしょり濡れたシロネコは大急ぎで荷物をまとめて走り出す。

「おい! 待て――」

「どうか、どうかステラちゃんには言わないでいただけるとー! この詫びは次会うときにいたしますのでー!」

 一目散に森に消えていった。追いかけようにも追いかけられないので、その場で立ち尽くす。

 あの気の動転からみて嘘を言っているようには思えない。シロネコの言う通りなら納得のいくことがある。

 今までステラの目に何もしていなかったわけではない。目を治すと宣言したとおり街で原料を調達し目に効く点眼薬を作ってはいた。もちろんひよっこ医者の自分にできうることは限られているが、それにしても変化がなさ過ぎた。眼球に傷があるわけじゃないので大なり小なり何かしらの変化があると思うが、まるで初めから目に浸透していないかのような錯覚に陥るような結果だった。

 もしその感覚が正しくて、ステラの目に最悪なものがへばりついているのだとしたら。

「ステラの目も黒魔術のせいだってのかよ……!」

 背中に背負うステラが急に重くなったように感じたのは、きっと間違いではないだろう。

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