8.彷徨
「じゃあ、また明日ですね」
「うん、またね、紗彩ちゃん」
昇降口で分かれて、小走りで自転車置き場に向かうのを眺める。私が寮生で、加奈子さんが実家通いだから、会える機会もそう多くはない。……もし、加奈子さんが寮生でも、中学生と高校生だから、あんまり一緒にはなれないだろうけど。二年の差は、一緒にいるときは考えもしないのに、こういう時だけは意識させられる。一瞬、追いついたと思っても、それに満足した時には卒業しちゃうんだな。気づくだけで、胸が重く感じる。
寮に戻ると、まだ紅凪さんは戻ってないみたいだ。まあ、すぐ戻ってくるだろうけど。お風呂が開く時間になるとすぐお風呂に飛んでいくし、たまにサウナに入りに銭湯に行くこともあるとか。私は熱いのは得意じゃないから、一緒に行ったことはないけれど。
課題でも、整理しておこっかな。今日はあんまり課題が多いわけじゃないし、さっきまでの本の続き、紅凪さんがお風呂入ってるときにでも読んじゃおっかな。
「ただいまぁ」
「おかえり、やっぱりこれからお風呂?」
「まあね、一番風呂はいいよー?あったかくて気持ちいいし」
「私は別にいいよ、行ってらっしゃい」
いそいそと準備するのを眺めながら、自分の机で勉強してるふりをする。膝の上には、さっきまで読んでた本。私も普通に少女小説は読んだことがあるし、女の子同士のつながりのだって、読んだことが無いわけじゃない。でも、今日は何故か冷や汗をかく。私がその中と同じような感情を持ってるかもしれない、なんて気づいてしまってから。
「うん、じゃあ行ってくるねー」
軽やかな足取りが遠ざかって、扉の閉まる音。溜まりきっていたため息が、ようやく、出口を見つける。恋患い、って言えたら簡単だけど、そう言えるまでの理由は、ちゃんと見つけられてない。
他のひとの恋してるところ、探していけばわかるのかな。私が今、加奈子さんのこと、どう思っているのかを。
さっきまで読み進めたとこまであと、学園中の憧れの先輩に、ごく普通の主人公がひょんなことで出逢ってしまって、そこから彼女の日々が少しずつ変わってしまうってところ。なんとなく、加奈子さんを見てるみたいで。……普段は物語をどこか俯瞰して見てるけど、今日は加奈子さんみたいに思いっきり感情移入してしまう。境遇はけっこう違うけど、なんとなくわかる。憧れの存在に出逢ってしまうのも、髪を撫でられる喜びも胸の高鳴りも、近づく距離で、その分ドキドキも増してしまうのも。その人の撥ねる鼓動まで、私のものにもなっていく。
……でも、この気持ちの正体は、まだ明かされてくれない。恋と似たようで、同じとはまだ言えないような。どこに、落ちてるのかな。この感情を示す言葉は。