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6.羨望

「こんにちは……」


 生まれた感情が、何なのかも分からない。でも、なんとなく熱い。部室までの距離も、なぜだか普段より遠く感じる。

 さすがに、今日はいるよね。活動日だし。文芸部だと、いるのかいないのか分からない人と、部誌を作るとかの忙しいときには来てくれる人と、活動日には何もなくても来るような人がいる。そして、加奈子さんも私も、大体部室にいる方。案の定、帰ってきた声の中にも加奈子さんのものがある。なんとなく、定位置になってる加奈子さんの隣の席に座るのに、一瞬だけ、ためらってしまう。いつものことに、今日は躊躇まみれ。知ってる中で一番近いのは、……『恋』なんだけど、そう断言するには、何かが欠けているような。何か話そうにも、話すネタもそんなにない。いっつも、昼休みに交わすのでも、けっこう、話ししてるんだな。


「そういえば、新歓号何書きます?」

「そうだねぇ……、ちょっと早いけど、もうそんな時期かぁ……」


 加奈子さんって、挿絵の印象はあるけど、自分で書いてるって印象はあんまりない。書くにしても書かないにしても、これから忙しくなりそう。まあ、いきなり女の子同士でいちゃいちゃするのとかを書く人はいないだろうから、精神的には大丈夫そうだけど。


「加奈子さんって、絵のほうは書いてるの見るんですけど、小説のほうって書くんですか?」

「うーん……、文芸部入ってからいろいろ書いてみてるんだけど、難しいね」

「そうですよねぇ……自分じゃない人を考えるのって、けっこう大変ですから」

「でも、紗彩ちゃんは上手だと思うよ?普通の日々なのに、なんかキラキラしてて」


 褒められるのは、嬉しいけど慣れない。何だかんだで近い人に言われると、なおさら。それよりも、加奈子さんみたいに見てるだけできゅんってしそうな絵のほうが羨ましい。そんなの、表現してみたいな。絵でも文字でもいいから。


「そうですかね……、嬉しいけど、そう言われると照れちゃいます」

「そうだよ、ちょっと羨ましいな、紗彩ちゃんのこと」

「私だって、加奈子さんみたいに書いてみたいですよ、思わずきゅんってしちゃいますもん」


 とは言っても、恋なんて、まだわからないことしかない。小説でも、漫画でも音楽でも、扱ってるものはいっぱいあるのに。私の中でその感情は、まだちゃんとしたものになってくれない。恋、か。してみたいな。言葉で紡ぐ元にしたいからってだけじゃなくて、それくらい素敵に思える人に出逢ってみたい。

 

「そ、そうかなぁ……、やっぱり、なんか照れちゃうね」


 頬を赤らめてはにかむ顔は、やっぱり先輩っぽくない。まだ知らない、キラキラした恋を、ずっと追えてるからなのかな。見てるだけで甘酸っぱくなるような、特別の瞬間を描けるのは。


「……褒められるの、なかなか無いですもんね」

「それ以上に嬉しいんだけど、やっぱり、慣れないねぇ」

「心の中、全部さらけ出しちゃう感じですもんね」

「そうだよねぇ、私なんて自分の中身丸出しだもん」


 やっぱり、そうなんだ。でも、ちょっと羨ましいな。今更赤くなった頬を隠すように頬杖をつく姿が、なんとなく、きらきらして見える。

 私も、……恋したら、おんなじようになるのかな。答えなんて見つからないのに、考えだけが頭の中を独り歩き。


「加奈子さんらしいですね、そういうの」

「あんまりからかわないでよ、……そういえば、紗彩ちゃんは何書くとか決めてるの?」

「うーん……、まだ悩んでる最中です」

「そっか、のんびり考えればいいんじゃない?私、あんまりわかんないけど」

「ありがとうございます、まだ時間もありますもんね」

「うん、……でも、私ももうそろそろ考えなきゃなぁ」

 

 そう言って、ブックカバーのかかった本を出す。部室では漫画を普通に読むのは見たことがないし、しおりのあるとこを開くと、文字がびっしり並んであるのが見える。それを眺めながら、頭の中は、答えの見つからない問題を考えるばっかり。思わずこぼれかけたため息は、漏れだすギリギリで塞いだ。

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