4.追憶
今と同じ昼休みの文芸部室の、まだ風の冷たさが涼しく感じられたとき。文化祭の挿絵を描いてるのを見たのが、仲良くなったきっかけだから、初めて本を貸し借りしたのは、確かそれくらい。
「よかったぁ、こんなの持ってるの、私くらいだと思ったよ」
「さすがにそれは大げさですよ、でもなんか嬉しいです」
寮住まいになって、実家にある本をさすがに全部は持ってこれなかった。ルームメイトで、クラスメイトでもある紅凪さんも読書家だったから、一緒に本棚を買ってくれたのは嬉しいけれど、棚も半分こだし、残りの一年半のことを考えると、新しく買う冊数も絞らないといけない。その点でもありがたいし、加奈子さんの、――そのときは、まだ鈴木先輩って呼んでたっけ、――の持ってるレパートリーは、あんまり買い揃えててないときの頃で、その点でも、とっても助かる。
「こちらこそ。……小太刀さんもけっこう読むんだね」
「そうですねぇ、でも、寮暮らしだと本もあんまり持ってこれなくて」
「寮暮らしかぁ、大変そうだよね」
「慣れちゃえば楽ですよ、でも誰かといつも一緒っていうのは少し大変でしたね」
成績がよかったり推薦で来たりした人は、一人部屋でけっこう広い菊花寮に行けるんだけど、私には縁遠い話だ。幸い、紅凪さんとはそれなりに仲良くはなれてるけど、もし反りが合わない人だったら、どうしようかとビクビクしたっけ。
「そう?でもやっぱり本は少ないもんね、気になるのあったら、いつでも言ってね」
「ありがとうございます、鈴木先輩」
「あー、もうそんな固くならないでいいよ、……紗彩ちゃん」
「えっと、ありがとうございます、じゃあ……加奈子先輩?」
急に、何か距離が縮まった感じ。どれだけ嬉しいんだろう。おんなじ仲間ができて。それが、話しやすい理由なのかもしれないけれど。
「先輩も別にいいよ、ここだと、私より先輩でしょ?」
「じゃあ、……加奈子さん、でいいですか?」
「うん、それがいいな」
満面の笑みを浮かべて、両手で頬杖をつく。こういうとこも、なんか先輩って感じじゃない。もちろん、いい意味でだけど。前から浮かんでた疑問も、この隙に聞いておこうかな。
「そういえば、絵も描けるんだったら、漫研とか気にならなかったんですか?」
「いやー……、見学には行ったんだけど、雰囲気が合わなくって……」
「と、言いますと?」
「あ、あのさ、見にいったんだけどね、その……ぶ、部室で、……女の子と女の子で、ち、チュー、してて……っ」
慌てたような、恥じらうような顔。確かに、入学したての加奈子さんには、相当刺激が強かっただろうな。……いや、今の私にもちょっと刺激が強すぎる。他にもいろいろとその理由はあるんだけど、ここで話したらきっと卒倒しそうだ。
「あはは、そうですよね……、あそこはちょっと、癖が強いっていうか」
「強いってレベルじゃないよ、もう……、ああいうの、苦手でさぁ……」
そう言って突っ伏しながら、赤くなった顔は隠せてない。女の子同士でどうこうっていうのに免疫がないのを知ったのも、確かこれがはじめて。確か、挿絵を描いてほしいって頼まれてたときも、大分渋ってたような気もするけれど。
「少女漫画は普通に好きなのに、そういうのは苦手なんですね」
「うん、びっくりしちゃって逃げ出しちゃったぁ……、イラスト部も考えたんだけど、どっちかっていうとキャラクターとか動物の絵のほうが多くてさぁ、こっちは人物のほうが多いからって」
「まあ、小説だと大体人間ですからね、加奈子さんの絵、本当に上手かったです」
「ホントッ!?嬉しいなぁ~、ありがとっ」
思い返しても、今抱いてしまった『かわいい』って気持ち、塗り替えられていく。最初から、変わんないじゃん。突発的に沸いてしまった感情に、まだ、名前はつけられない。
今回出演頂いたキャラクター(名前だけ)
土橋紅凪さん
from:『真紅の想いを重ねて』(https://novelup.plus/story/255175078)