32.熱情
「……おいで?」
こんなに近いのに、あんなに、女の子同士のいちゃいちゃが苦手だったのが、自分から欲しがってくれるのに。……私の『好き』と、加奈子さんの『好き』、一緒だってわかったのに。最後につっかえてるものは、私のためらい。
「こういうこと、……したこと、あるんですか?」
「……ううん、初めて。紗彩ちゃんは?」
「ないですよ、私も。……本当に、私でいいんですか?」
「んもう……、紗彩ちゃんだからいいの」
分かってる、私と一緒で夢見がちで、ロマンチックなのが大好きで、恋については、何より熱くて、素直な人なのも。そのせいか、紡ぐ言葉が、胸に刺さる。……ずるいくらいに。
「じゃあ、いきますよ?」
「……いいよ、紗彩ちゃん」
目を閉じて、軽く顔を傾けて。私のこと、待ってくれてる。……かわいい。ためらう体を、恋心が突き飛ばす。
「……んっ」
「ん、……ふぅ」
唇、しっとりしてて、あったかくて、ふにふにしてる。離しても、ちゅって鳴らないんだ。小説とか、漫画とかなら、そういう音立つのに。
嬉しいのに、なんかちょっと寂しい。もっと、ほしい、かも。頭が考える前に、かすかな隙間がなくなってく。
「んぅ、……ちゅ、……ちゅぃ、んぁぁ、んん……、ちゅっ」
「はぁあ……、ん、……んん、……はぷぅ、んぅ、……っ、あ……」
軽く吸うと、ちゅ、って音が鳴る。こうするんだ、音、立てるのって。……加奈子さんも、その気になってきてるのかな。……かわいい。漏れる息も、声も、自分から、ついばんでくるとこも。どんな顔、してるんだろう。唇を離して、薄く目を開けるた。そこにいたのは、熱っぽい、潤んだ目で見つめてくる加奈子さん。……見たことないくらい、色っぽい。背中に回された手、私のセーターをぎゅって握ってくる。欲しがってくれてるの、嬉しい。もっと、ちょうだい。
「ねえ……?」
「加奈子さん、もっと……っ」
「う、うん、紗彩、ちゃん……っ」
戸惑ったような声、もう、ためらいなんて吹っ飛んだ。そんなので、止められない。
「ちゅ、……ちゅぃ、……ん、はむ、はぷ、……ぺろ、れるぅ、ぴちゅぅ……っ」
「ん、……んぅ、はぁ、ちゅ、んっ、んん、……ひぁ、あ、んく、れる……っ」
どうして、なんだろう。いつの間に、舌を伸ばしてて、加奈子さんも応えて、絡ませてくれる。ちょっとざらついて、てろてろに濡れてて、……気持ちいい、好き。私じゃないみたいな声、出ちゃう。
頭の中、くらくらしてくる。初めてだからぎこちないのが、ちょっともどかしくて、嬉しい。
「はぁ、あ、ちゅく、……んぁあっ、ちゅぷぅ、んんぅ、ちゅ、……はぁ、ぁ……」
「ぁんっ、はぁ、……はぷ、ぅぁあ、れるぅ、んくっ、ん、はぁ、んっ、ぁ、はぁ、ぁあ……っ」
息することも忘れちゃって、苦しくなって。離すのが、ちょっと寂しくて。こつんって、おでこがぶつかる。唇が離れてもまだ、息、乱れちゃってる。背中で、まだセーターをぎゅって握ってて、
「さあやちゃん……っ」
とろけかけの頭が、ちょっとずつ、落ち着いてくる。……私、さっきまで、すっごいキス、しちゃってたんだ。また、熱くなる。今度は、ほっぺの奥が。
「……ねえ、加奈子さん」
本当は、もっとしたかったかな。それに、想像で見たときみたいにとは言わなくても、もうちょっとだけでも、上手くできたのかな。
「何?」
「えっと、あの、……私と、……キス、するの、その……どう、でした?」
「え、……っとね、考えて、いい?まだ、頭の中ふわふわする……っ」
「いいですよ。……そんなに、ドキドキしてくれたんだ」
頭の中で考えてた言葉、いつの間にか口から零れてる。私もまだ、頭の中、とろけたままなのかも。
「うん、すっごくドキドキしちゃった……、紗彩ちゃん、あんな積極的だって思わなかったから」
「そ、それはその、つい勢いで……っ」
「いいよ、その、……ちょっと強引なの、少女漫画みたいで、すっごくキュンってしちゃった……っ。それに、オトナなチューとかされるなんて思ってなかったし、紗彩ちゃんにそういうイメージないから、余計にドキドキしちゃって……っ」
うつむきながら、もじもじと体を揺らすの、……かわいいって言葉しか浮かばなくなる。応えてくれたのも、本当に欲しかったから、……だったらいいな。
「私も、そんなことしようなんて考えてなくて……、加奈子さんが応えてくれて、すっごくほっとしたっていうか……」
「そうなんだ、……すっごく嬉しかったよ、その……、そんなになるくらい、好きなんだって、……それにね」
同じことで不安になって、同じことでほっとして、紡がれる言葉の一つ一つに、落ち着いて、落ち着かない。
「……何ですか?」
「あのね、その、こういうことしてる人見て、逃げ出しちゃったって話、したよね……っ」
「そう、ですね」
確か、加奈子さんが漫研に見学しに行ったってときの話。女の子同士のいちゃいちゃが苦手だっていうのが分かったのも、……そのせいで、恋心、抱えたままにしようとしてた理由も、それだっけ。
「見るのはダメなのに、紗彩ちゃんとチューすると、もっとしたいって思っちゃったの……っ」
「……嬉しいです、それだけ私のこと『好き』なんだって」
「うん、……好きだよ、紗彩ちゃん。紗彩ちゃんと、おんなじ意味で」
「……わかってますよ、……だから、すっごく嬉しいんです」
溶けそう、キスした余韻が残ってるわけじゃなくて、加奈子さんの気持ちで。あったかくて、ふわふわする。キスした時みたいに体中燃えるような感じじゃなくて、心の中に、じんわり入ってくる感じ。
予鈴が鳴るまで、結局抱き合ったままで。帰り際、どちらかともなくキスして、慌てて二人で走って戻って。……それでも上書きできないくらい、初めてのキスのドキドキは、まだ胸の中に残ってる。




