31.開花
「……私も、好きなのかな、紗彩ちゃんのこと。……紗彩ちゃんと、同じ意味で」
ぽつん、と呟かれた言葉。どういう風なの、考えてたんですか、なんて言ったら、私も薮蛇になっちゃうな。
「加奈子さんは、他に恋したこと、……」
「ううん、ないよ。……こんな気持ちになったことも。……紗彩ちゃんは?」
「ないですよ、……誰かに、恋したことなんて。これが、初めてですから」
心の中にある暗闇の中を、二人で探り合いっこ。お互い、恋する物語は好きなのに、実際にしたことはなくて。
「……ねぇ、本当にチューしたら、わかるかな……っ、どういう『好き』か」
「……加奈子さん?」
紡がれた言葉は理解できるけど、信じるなんてできない。漫研の部室をキスしてるとこを見ちゃっただけで逃げ出した人が、自分からしたいなんて言うとか。でも、引っかかる。試したくないわけじゃないけど、そういうふうに、したいわけじゃない。
「だって、知りたいよ、私。……自分の気持ち、紗彩ちゃんに、どういうこと思ってるか」
「……そういうふうに、したいわけじゃなくて、その……ちゃんと、好きになってもらってからじゃなきゃ」
「……そうだよね、……じゃあ、もっかい、『好き』って言ってほしいな、そしたら、わかるかもだから」
「え、え……?そ、それなら……」
背中に回される腕。ふわりと、髪からかただよう落ち着くにおい。ふわふわする体を、跳ねる心臓が締め付ける。
私が持ってしまった気持ちと、加奈子さんが持ってる気持ち。一緒だったらいいなって、思ってくれてるのかな。耳元で、
「加奈子さん、……好き……っ」
「紗彩ちゃん、好き……っ」
シャツの背中、ぎゅって握られる。熱っぽい声、荒い息、持ってくれてる気持ち、私の頭の中で説明できるのは、一つだけ。
「ねえ、今度は、いい、かな……?」
求めてくれるのが、嬉しい。それしかもう、考えられない。ふわふわして、きゅんきゅんってなって、私も、背中に回した腕がきつくなる。
「加奈子さん……、私も、したい、から……っ」
「うん、こっち、向いて?」
抱きつかれた体が離れて、また、かおりがふわって鼻をくすぐる。加奈子さんの真っ赤になってる顔、頭がぼうっとしてよく見えない。……近いんだ、顔。ピントが合わなくなっちゃうくらい。
「……不思議だね。……私、好きになるなら、運動部で、年上のカッコいい男の子だと思ってたのに」
「……全部、逆ですね」
「だね、……私、今すっごくドキドキしちゃってる」
「私も、ですから」
今すぐ奪いたいような、このまま、じっくり溶かされたいような。……キスしたい、その気持ちも、一緒のはずなのに。似たもの同士のくせに、こういうとこは、ちょっと合わない。




