3.波紋
「うぅ……、そりゃ、人気の無い場所は王道だけどぉ~っ」
「ほ、ほら、別に何かしたって決まったわけでもないですから……」
ただ、一緒に並んで歩いるのを見ただけ。それだけで、こんなになるまで動揺しちゃうのは、初めて見た。恋にはけっこう敏感だから、そういう些細な雰囲気に気付いちゃうんだろうな。さっきの二人は、もう見えないところまで行ってしまったのに、その衝撃は、まだ収まってくれないみたいだ。
「そうだけど、絶対何かしてた感じしてたじゃんっ」
「加奈子さん、……そういうの苦手なのに、想像はしちゃうんですね」
「そ、そういうわけじゃ……っ」
「まあ、そうだったとして、してるとこに行き当たらなくてよかったですね、お互い気まずいですから」
私自身はまだないけれど、そういう話は割と聞く。寮とか特別教室とかでそういうのが起きたっていうのも聞くし、特にりんりん学校の肝試しのときに関わるのは、さすがに耳を疑うようなものまで。その時点で、加奈子さんなら一回卒倒しててもおかしくないのに、どうやって乗り切ったんだろう。
「えっと、紗彩ちゃんは、そういうのあったの!?」
「いや、私はないですけど、話は聞きますよ」
というか、女の子同士でどうこうっていうのが苦手なら、普通に共学の高校に入ればいいのに。どうして星花を選んだんだろう。そういうことが流行ってるってことは知らなかったとしても、少女漫画みたいな恋に憧れてるのに、わざわざ女子校にくる意味は、あんまりわかんない。
「そうなの?はぁ……」
「というか、なんで星花入ったんですか?校外じゃないと出会いもなさそうだし」
「ここの商業科、けっこう進路とかもいいんだよ。それに、……」
ここで、頬を赤らめる。もしかしたら、さっきと同じくらい。渡り廊下に出た時の寒気も、多分、加奈子さんの体には届いてない。
「それに、何ですか?」
「え、えっとね、……その、ここって一応お嬢様学校でしょ?」
「まあ、……そうですね」
「それでハクがついて、モテたりしないかなって……」
返したばかりの本を持ってるとは言え、がくっと足取りが悪くなったのは、そのせいなわけがない。どうやって答えようか。そんなわけないと笑い飛ばすには、その言葉は真剣すぎるし、納得できるほど現実感があるかって言われたら、そんなわけでもない。
「えっと、なかなかユニークですね……?」
「うぅ……、笑っていいよ、夢見過ぎだってさすがに思ってるし」
別に、そんな箔をつけなくたって、十分なのに。拗ねたように唇を尖らせたとこも、純情すぎるくらい純情なとこも、――多分贔屓目なんてかかってないはずだけど、それを抜いたって――かわいい、たまに、先輩だってことを忘れそうなくらいに。
「笑いませんよ、そんなことで」
「うわぁん紗彩ちゃん大好きぃー!」
何気ない一言、それだけのはずなのに、何故か胸の奥で反響してくる。そのことが、私の心を締め付けてくる。まるで、恋でもしてるみたいに。でも、こんなんで罹るほど、単純なものでもないはずで。
「お、大げさですよ、……あ、もう行かなきゃ」
「あ、話しすぎちゃったね、じゃあまたね」
「はい、じゃあ、また放課後」
言うが早いか、校舎まで駆けだす。急いでるのは本当だけど、……走ってるせいにさせて。胸が高鳴ってるのを。