29.曖昧
結局、本を返したときには、加奈子さんの答えは訊けなかった。いつも通り、昼休みの部室。それだけど、雰囲気は初対面みたいにたどたどしい。加奈子さんの顔、上手く見れなくて。加奈子さんのほうもちょっと様子がおかしいような。袋ごと返すとき、手渡ししたら静電気に当たったみたいに手を引っ込めて取り落としそうになってたし。声も、何となく上ずってるような。
……もうすぐ、冬休みになっちゃうのに。答えないなんてことはしないだろうけど、それでも不安になる。あれから、本の貸し借りもしてないし、嫌われた、とかなのかな。浮かんだ発想に、ずぶずぶと足元が沈む。そんな訳無い、なんて言いきれないのが寂しい。今のこと、忘れなきゃいけないのに、他のこと、何も手につかない。図書室の本も続きがまだ戻ってきてなかったし、小説も、今は書ける気分じゃない。どんぐりの木の下に置いて、そのまま実が落ちてくるのを待ったほうが進みそうってくらい。
ほとんど進まないまま、パソコンを閉じて。もう、今日は寝ちゃおうか。なんの気なしにスマホを見ると、通知ランプが光ってる。加奈子さんからのメッセージで、その中身に目線が固まって動かない。
『明日のお昼休み、いつものとこ来れる?』
『ちゃんと、答え伝えたいんだ』
きゅん。胸の奥が締まる。答えが来るのをずっと待ってたはずなのに、それが来るのが、急に怖くなる。進まなきゃ。もう、恋する前には戻れないのに。そんなの、分かってる。
『わかりました』
言葉にすれば、たったそれだけ。でも、送信ボタンをタップするのが、崖から飛び降りるとかより怖く思える。何度もためらって、震えた手が、ちょうど送信ボタンに触れる。私の言葉になって届いたそれは、あっという間に既読がつく。もう、見れない。その先がどうなるか、知りたくない。
今のままがいいわけがない。でも、その先が見たいとは思えない。もし、これまで通りの関係に戻れたとして、加奈子さんは、私が恋してること、忘れられるわけじゃない。忘れられないから、この前だってちょっと様子がおかしくなったんだ、きっと。
「ごめん、もう寝よっかな」
「わかった、紗彩ちゃんから言ってくるの珍しいね」
「今日はもう書けそうにないからさ、読みたい本も読んじゃったし」
「じゃあ、私も寝ちゃお」
紅凪さんの優しさに甘えて、寝支度をして、電気を消す。……だけど、このままじゃ、寝れそうにないや。
不意に開いたスマホ、加奈子さんのメッセージが来てる。さっきまで怖がってたのに、胸の中の寒さに気づいちゃった。
『待ってくれてありがと、一緒にいると落ち着いて考えられなくて会えなかったんだ、ごめん』
絵文字で土下座までして、かわいくて、優しい。そんなことで、またきゅんってする。それだけ、考えてくれてて、……嬉しいってこと以外、考えられない。
『私も、会うのちょっと怖くて。加奈子さんもだってわかって安心しました』
安心した顔と一緒に送ると、ふぅって眠気が来る。単純すぎだな、私。『好き』って気持ちに気づいた日の二の舞にならないのは、いいことだけど。




