26.萌芽
「その、私、さっき……」
「……『そんなにいいものじゃない』ってさ、もしかして、そんな恋、したことあるの?」
したことがあるどころか、今、まさにしてるとこ。それも、ちょうどあなたに。……そんな事、加奈子さんが知るはずもないし、知ってほしくもない。ごまかして、やっぱり、胸が痛い。
「……まあ、ね。大変ですよ、色々」
「でも、羨ましいな、そんなになるまで想える人がいるって。……どんな人だったの?」
その真っ直ぐさ、今は恨めしい。まだ、気づかれてないはず。心の中の綱渡り、まだ落ちてないと思いたい。
「えーっと、……純粋で、優しくて、あったかくて、時々すっごくかわいくって、……でも、私のこと、好きになってくれそうになくて、……っ」
「……ごめん、嫌なこと、思い出させちゃったよね」
言うだけで、切なくなってくる。目の奥、熱くなってきて、こぼれる前に、背中をぎゅっと抱かれる。あやすみたいに背中を撫でてくれる手に、ますます、恋をする。そんなとこが好きなのに、加奈子さんの『好き』は、どうしたって私のとは別物だから。好きな人に優しくされて嬉しいはずなのに、痛くて、熱い。こぼれちゃいそう。
「わたし、今泣きそう、だから……っ」
「泣いていいよ、気が済むまで。おいで?」
「はぁ、んん、は、はい……っ、ふぅ、ふぅ」
もう、だめ。零れちゃう。さりげなく差し出されたハンカチを顔に当てて抑えようとしても、溢れる気持ちは受け止めてくれない。
「加奈子さん、好き……っ」
「どうしたの?……私も、紗彩ちゃんは好きだよ?」
「そうだけど、そうじゃないです……っ」
止まらない気持ち。背中を撫でる、加奈子さんの手が止まる。気づかれた、よね。少なくとも、そんなので気づかないわけがない。
「ねぇ、それって……」
こくん、と首を振る。分かってくれるのが嬉くて、切ない。こんな気持ち、迷惑だって分かってたのに。どうしようもなく、恋してる。
「ごめん、……本気なの、分かってるよ。だから、答えはちょっと待ってほしいな」
「……っ、は、はい……」
最初の言葉で、そんな風に続くなんて思わなかった。『そういう風に思えない』とか、断られるんじゃないかって身構えてたのに。
優しすぎだよ、加奈子さん。そんなとこが、ずるいほどに好き。どうしたって、期待しちゃう。まだ、背中をぽんぽんって撫でてくれてるのも。
ちょっとずつ、落ちついてくる。息がちゃんとできるようになって、目の奥の火照りも収まってくる。
「……落ちついた?」
「はい、ちょっとだけですけど。……すみません、取り乱して」
「いいよ、私が悪かったから」
ちゃんと、加奈子さんのこと見れそう、かも。ぽんぽんと動く手は止まったけど、まだ、背中に回された手は離れない。
今ならちゃんと、加奈子さんのこと見れるかな。もうぐしょぐしょになったハンカチを取って顔を上げると、見合った顔がほんのり赤い。
「……もう、いいですよ」
「え、……あ、うん、分かった」
落ち着くと一緒に、色々別なことを思い出す。ハンカチも洗って返さなきゃだし、持ってきた本も、もうちょっと借りてようかな。
「ハンカチ濡らしちゃったし、洗って返しますね、私の、代わりに使ってください」
「う、うん、……ありがと」
「それと、持ってきたの、もうちょっと借りていいですか?」
「分かった、返すときはまた言ってね?」
いつもの空気が、ちょっとずつ戻ってくる。でも、多分、答えを見つけるまで、戻りきるなんてことはない。私が、この恋に気づいたときみたいに。
予鈴に急かされて教室を出て、ちょっと急ぎ足になる。まだ、壊れてない。それだけで、ちょっとくすぐったい。




