20.懊悩
パシン、とエンターキーを叩く音が大きくなる。キリのいいとこまで書けたときの癖を聞いたのか、紅凪さんが、どことなく控えめに声を掛けてくれる。
「紗彩ちゃん、そろそろ寝る時間だよ?」
「あ、そっか、……ごめん、ありがと」
パソコンに表示された時計は、もう消灯時間のすぐ近くを示してた。気持ちに引きずられるように書き込んでたら、いつの間にかA4で5枚くらい。部誌に載せるにはまだ短いけど、大分形にはなったのかな。中身は、ちょっと見れないな。多分、すっごく恥ずかしいし、今見たら、何だっていい物に見えちゃうだろうし。
保存したら電源を落として、私の頭の中も冷やしておこう。冷蔵庫にしまってあるお茶を飲むのが、今日はもう終わりの儀式みたいになってる。寝支度を整えて、電気を消す。暗がりでぴこぴこと主張する着信ランプに、加奈子さんにメッセージを送ってたのを思い出す。
「じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
お互いにベッドに入ったけれど、それ以上は相手のことは何となくしか見てない。まず、何て書いたっけ。いろいろな事を考えすぎて、本当に吐き出した言葉を忘れそうだった。私、何て打ったっけ。
『わかったよ、明日いつもの時間と場所でいい?』
おどけたような笑顔の絵文字に、ちょっとだけ頬が緩む。……だけど、胸の中でもやもやは尽きない。感想話したいなんて言っちゃったけど、それ以外の場歩なんて、思いつかないけど、……それでいいかって言われると、真っ直ぐ頷けない。……でも、それしかないよ。進んでも苦しいし、立ち止まっても苦しい。だから、流されるままに。
『それで大丈夫です』
なんて送って、熱を抑えようと、ベッドの中をころころ転がる。昼休みの文芸部室、きっと、多分、二人きり。暗がりのせいか、あの光景は、前よりも鮮明に浮かぶようで。何もしてないのに、チリチリと湧きだしてくる熱情。早く寝なきゃ。そう思うごとに、頭が覚めていく。
恋してるって自覚してから、どこか、私の中でおかしくなってくる。言葉をこねるのは好きだし、よくやってるけれど、この気持ちは上手く言えないから。叶う事もないなんて、なんとなくわかってるのに。恋なんて、不条理だ。そんなの、頭では分かってた。私の知ってるその感情も、そういうものになってた。最初から知ってるのに、恨みたくなる。
……やっぱり、明日は会いたくないかも。考えるだけでこんなに乱れて、おかしくなってくのに。私、もうだめになっちゃってそう。頭が痛いくらい、ぐるぐるしてる。




