2.水滴
「やっぱり面白かったです。なんか来るとこ、加奈子さんと近いんですかね」
「ありがと。でも、恋に憧れるのって、みんな同じじゃない?うーん……」
「確かに、星花でもけっこう恋バナは多いですよ、相手も大体女の子なんですけど」
モデルとか、アイドルとか俳優とかよりも、身近にいる人に憧れるのはちょっとわかる。どうしても手に届かないものよりも、すぐ近くに見える人のほうが、手に入れられそうな気がするから。誰かのことを独り占めしたかったり、誰かにそうされたかったり、……それに憧れるのも、知ってるし、理解だってできる。それが私の中にそのまま入ってきたことは、まだないけれど。
昼休みだけ交わされる、二人だけの秘密の話。別に、秘密にするほどでもないけど、この二人だけっていうことに、なんか安心する。期末試験も明けて、本の貸し借りもまた始まった。旧校舎までの長い寒い道も、なんか、あったかい。
「やっぱり、星花だとそうなっちゃうんだね……」
「そうなっちゃいますねぇ、なんか」
星花に入ってから半年以上経ってるはずだけど、この雰囲気には慣れてはいないみたいだ。丸っこい顔に、やれやれ、といった感じで苦笑いをつくるのが見える。そんな顔は、あんまりしないんだけどな。
「仲良しなのはいいよ、ほのぼのしてていいし。でも、学校でいちゃいちゃするのは……」
「あはは……、でも、恋なんてしたら、多分周りなんて見えなくなっちゃいますよ」
さりげなく、フォローは入れてみる。私の周りでも、そういう人はけっこういるから、それくらい、ほんのりと心に刺さったのもあるけれど。熱い甘く誰かに恋してみたいな、なんて、私だって一回くらいは思ったこともあるから。それに、……加奈子さんだって、少女漫画に出てきそうなくらいに、恋に憧れがあるみたいだし。
「その気持ちはわかるんだけどね、……私も、こういうの好きだもん」
「まあ、目に毒だから人前ではあんまりしないでほしいってのはわかるんですけどね」
紙袋を指し示しながら納得はしてくれるけれど、苦笑いはまだ収まってない。まあ、星花に入ってすぐにあんなものを見るのは、誰にとっても刺激が強すぎるか。
「紗彩ちゃんは、けっこう大丈夫なんだ、そういうの」
「まあ、多少は、……慣れてますから」
「そっか、ここだと私より先輩だもんね、……私も慣れてくるのかなぁ~」
そう言ってため息をついて、机に突っ伏すのを横目に、私も思案を巡らす。知らないことは、知りたくなるけど、ちょっと怖くなる感じ。
「無理して慣れないでもいいと思いますよ、考えなんて、人それぞれですから」
「紗彩ちゃん、けっこうオトナなんだね、羨ましいなーっ」
こっちだけ向いて、唇を尖らす加奈子さん。その顔も仕草も、確かに先輩らしくはないかもしれない。でも、私だってそんなにオトナじゃない。
「そんなことないですよ、……って、もう戻らないと、次、移動教室なんで」
「そうなの?ごめん、紗彩ちゃん」
「いいですよ、私もけっこう楽しいですし」
「そうなの?じゃあよかったぁ」
並んで歩く帰り路、前のほうの廊下に、同じように並んで歩く、頭半分くらい違う後ろ姿。お弁当箱みたいな袋をお互い持って、顔を向きながら話をしてる素振りに、見つからないように甘え合った帰りみたいに見える。さりげなく速度を落とすと、加奈子さんはもう俯いて顔を覆ってた。「だ、だめだよ、こんなの……」なんて小声でぶつぶつ言いながら。
丸っこい顔に、肩のあたりで切りそろえられたふわふわしてそうな黒髪。……かわいい、なんて思っちゃうのは、きっと気の迷い。