19.足跡
……すっごく、ドキドキした。加奈子さんの選ぶ本は、本当に私にも上手く刺さってくれる。恋を知らない主人公を通してるからか、想ってくれる人の熱量が、重くて、痛いくらい。
私だったら、もう何回も恋に落ちてそうなのに。何度も、するりと抜ける。恋したくないわけじゃないのに、キスされるのだって、嫌ってわけじゃないのに、胸の奥の微妙な感情は、まだ名前がつかない。真っ直ぐに、誰かに恋できるその人に、ずるいとすら思ってしまうくらいに。
もやもやは、結局なんにもならないまま、終わりまで来てた。気になる、けど、どれくらい続くんだろう。背表紙のほうのカバーの折り込んだとこには、既刊が三巻出てることになってる。もしかしたら、それも買ってたりするのかな。訊いてみたいけど、まだ、話しをするとこまでは、まだ踏み込めない。
「紅凪さんは、もうちょっと読むつもり?」
「うん、紗彩ちゃんも、消灯までそうでしょ?」
「まあ、そうね」
なんでこんなのを買ったんだろうって疑問には、一つだけ、仮説を立てられる。女の子と男の子だと体格が全然違うから、女の子同士でそういうことをしてるシーンのほうが、頼まれた絵を描くときの参考になるから、とか。じゃあ、なんでこれを私に貸したんだろう?その疑問は、そんなの、わかるはずがない……訊いてみなきゃ。
しばらく見てなかったスマホになんとなく目をやると、通知ランプがちかちかと灯る。
『どうだった?』
不安そうな顔の絵文字に、加奈子さんのそういう顔が浮かぶ。加奈子さんのの本で、面白くないときなんて全然なかったのに、毎回のように送ってくる。
『まだ全部は読めてないけど、面白かったです』
本の絵文字と一緒に送信をタップする。今、何してるのかな。いつもならすぐ付く既読も、まだつかない。次のメッセージに、自然に指が走る。
『どうして、あんな本買ったんですか』
言葉だけ見ると、なんか責めてるみたい。でも、そうとしか言いようがない。送信ボタンを叩きかけて、……その下の削除ボタンに触れる。触れる勇気なんて、あるわけないよ。相手が仲のいい先輩で、同じ女の人だっていっても、……恋心にすら、目を背けようとしてたのに。知りたいけど、無理。浮かぶ期待が、答えを知った先の失望も切なさも破裂させてくの、分かりきってる。だから。
『まだ全部読んだわけじゃないですけど、感想話してもいいですか』
いつかの私に、それを放り投げる。今の私じゃ、まだ進めない。さっきまでよりも、ずっとドキドキしちゃってる。
今日は、もう読むのやめよっかな。そろそろ、新歓の冊子も書き始めないとだし。……恋させてみたいなんて言って、ちょうど、その気持ちを知って。……吐き出せば、ちょっとくらいは楽になれるのかな。書く用のノーパソと、パソコン用の眼鏡を取り出す。
『ねえ、先輩。』書き始めたら、思ったより指は動いてくれる。