18.艶種
いくら返したくないって言っても、さすがにいつまでも持ってるわけにはいかないし、貸してくれる本は、私も好きになれるのも多い。返した後でまた読みたくなって、後で自分で買うのもあるくらい。
何にしようかな。広げた中で目を引くのは、やっぱり、一番、加奈子さんらしくない本。どういう本なんだろう、いつもとは違う緊張感。いつもならベッドに腰掛けてとか、リラックスして読めるけど、今は、そういう気分になれないや。
……漫画を読むだけで、こんなに緊張するなんて。紅凪さんもいつも通り本を読んでて、私のことなんてちっとも見てないことが救い、かな。普段は手汗なんて書かないけど、今は、手のひらがびしょびしょだ。ハンカチで手を拭いてから、見開きの先を覗いてみる。一話の扉絵で、違和感と、微かな期待は膨らんでいく。いくら女の子同士が距離が近づきやすいって言っても、顎クイみたいなことはしない。それに、されてるほうは、そういうのを準備してなさそうな顔。少女漫画なら、興奮はしないわけじゃないけれど、よく見るような光景。じゃあ、何で私は、こんなにドキドキしちゃってるんだろう。分からないけど、読み進める手は、ゆっくり、でも確実に進んでいく。
恋心に憧れていて、でも、その気持ちを掴めない主人公、なんとなく、その気持ちがわかるのは、さっきまで、私がそうだったからなのかもしれない。
でも、その微妙なもやもやは吹き飛ばされる。学校中の憧れになっている生徒会長に一目惚れされたせいで。
『ごめん、……好き』
その言葉で迫られて、否応なく恋に向き合わされる。間近に迫った顔は、遠目に見た時よりずっと綺麗で、私まで胸が熱くなる。さっきの扉絵って、このシーンだったんだ。さっき見た小説だって、すごくキュンってなったけど、絵があるせいなのか、余計に興奮する。
でも、その子の中には、何も変わらない。鼓動も、高鳴らない。戸惑い以上の感情に、なってはくれない。
『……なんて、びっくりしちゃうよね』
そう言って、離れてくる顔。どういう気持ちかもわからないまま、ただ、目の前にいる人の気持ちが、さらりと抜けていく感じ。私も、それくらい、恋に鈍感なら、今、こんな風に悩んでなかったのかな。羨ましいって言えないくらい、ロマンスに溺れちゃってるけど。
まだ、一話のところだけだけれど、加奈子さんが薦める理由も、なんとなくわかる。相手が女の子なの以外は、いつも貸してくれる本とジャンルは結構似てる。でも、気になる。どうしてその本を買ったのかも、それを何で私に貸したのかも。知りたい。だって、好きな人だから。本の中の子みたいに、もう、恋を知らない頃には戻れないから。