17.憧憬
「おかえり、そろそろ、お風呂入る?」
「うん、そうしよっかな」
そろそろ、お風呂入らなきゃな。部屋に戻ると、紅凪さんのほうから声をかけてくる。ペットボトルのもう半分も飲み干したって、まだ熱は取れないけど、……鼓動も、まだ跳ねたままだけど。
シャワーだけでもいいかなと、とは頭に浮かんで、結局、流れのままお風呂に入る。何もない時間。どうしても、知ってしまった、大きく膨らんだ気持ちが、まだ頭の中に居座っている。ちりちりと痛むような存在感と、頭から消そうとしても消えてくれない、痛いくらいに甘い想像。
人が多いから、お湯はけっこうぬるくなってるけど、それでも体の奥が熱いせいで、すぐにのぼせそうになる。
……知識でなら、なんとなく知ってたけど、それでも、知らなかった。こんなに重くて熱く、胸の中に居座るようなものだったなんて。恋、しちゃってるんだよね、私。気づいても認めようと思えなくて、その度に高鳴る鼓動が邪魔をする。
「私、どうしたらいいんだろ……」
加奈子さんは、女の子のことを好きにならない。星花っていう、ほとんど女の子だけの空間にいると、それが少し特殊なように思えてくる。もちろん、『疾風』とかの男性のアイドルとか、ミカガクとかにいる同い年くらいの男の子とかの話はあるけど、それ以上に、恋バナで出てくる相手が女の子だから。……その気持ちは、今までよく分からなかったけど。
普段からそんなに長くお風呂には浸からないけど、多分、今日はいつもよりずっと短い。それでも、一時間は入ったんじゃないかってくらいにのぼせかけてる。お風呂上がりに飲むフルーツ牛乳が、やけにおいしく思えたのも、きっとこのせい。
……お風呂に入ったから、なんて理由にならないくらいに、私、……好きになっちゃってるんだ、加奈子さんのこと。
「おかえり、……今日はすっごく早いね」
「まあね、読みたい本もあったし。あ、そうだ、……さっきはありがと、おかげで、ちょっとわかったかも」
「いいえ、……わかったなら、よかったね」
そう言ってごまかしたけど、バレてるんだろうな、……というか、自分で考えてもわかりやすすぎ。好きかもしれない人とキスすることを想像して、顔を赤くして慌てて飛び出すとか。それ以上突っついてこない優しさに、今は甘えることにする。
加奈子さんから借りた本が、まだ手付かずのまま。ちらりと見た時に、五冊くらいはあったのは見たけど、どんなのが入ってるのかな。
いつもブックカバーがかかってるから、何が入ってるかがわからないのもちょっと楽しみにしながら、まずは見開きのところだけ全部見てみる。
三冊は前に借りたのの続きで、もう一冊は、加奈子さんのいつも読んでる作家さんのアンソロジーみたいな感じなのかな。最後の一冊は、いつもの少女漫画のタッチだけど、レーベルが違うみたいだし、……少女漫画だと男の子と女の子一人ずつっていうのが多いけど、この本だけ、なぜか女の子が二人。加奈子さんがハーレムものを読んでるのは見たことが無いし、借りたものでもそういうのはなかった。だとしたら、……思い浮かんだ可能性に、胸が疼く。そんなわけないのに、って思いながら、どっかで期待してる私がいる。
本、返したくないな。そのとき会うのは、きっと昼休みの部室で。……あの情景は、まだ消えない。長いトンネルの、星みたいに小さい光にすがるように。思い返してしまう記憶は、擦りきれるどころか、思い返すにつれて鮮明になっていく。