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15.妄想

「え、……何?」


 近づけた顔、頬を赤らめて、少し困ったような、怯えたような顔。遠ざかろうとする体を、両手で頭を抱き留めて離させない。ふわふわとした、細くてしなやかな髪はそれをすり抜けようとして、手に引っかかる。思ったよりじっとりとかいていた手汗にひっついて。

 心臓が、口から出てきそう。だけど、もう戻れない。私の後ろが、奈落の底になったような気分。だから、進むしかないの、その先が、奈落の底でも。……そうなのを知ってても。


「ごめんなさい、……でも、私、……もう、我慢できないです」

「待って、紗彩ちゃん……っ」


 分かってる、そんなの。……加奈子さんが、女の子に恋するなんて考えてないことも。私だって、そんなの考えたことなくって。押さえつけられない感情の高ぶりは、実際感じたことないのに、想像しただけで、熱くて重くて痛い。

 いつも通りの部室。だけどもう、加奈子さんしか見えない。ひんやりした空気も、私たちの周りだけ熱いくらいに。

 顔を赤らめて、その意味はわかってるくせに。ただ、顔を寄せただけ。それなのに。すこし上目遣いして、わたしと目線を合わせて。


「なんで、逃げないんですか?」

「……わかんないよ、でも、……紗彩ちゃんだったら、……いいよ……っ」

「……そういうこと、したことあるんですか?」


 私だって、一応女の子だし、それなりにロマンチックとか、そういうのは好きだし、……『はじめて』が特別なのは分かる。これでそうじゃなかったら、……どうしたかな。そのまま、奪っちゃってたのかな。


「そ、それは無いけど……っ」

「私でいいんですか?はじめてが」

「……でも、ちょっといいかも、なんて思っちゃうよ、紗彩ちゃん、優しいから」

「ずるいですよ、そういうこと今言うの。……いい、ですか?」


 優しいなら、こんなことしない。そのくせに、許してくれる。迫ったのは私のほうなのに、今更、心臓を締め付けられる。……加奈子さんのはじめて。それに、私にとっても。ドキドキしないわけがない。


「うん、……いいよ」

「じゃあ、いきますよ」


 腕を背中に回して、うなじのあたりに手をかける。いかにもぷるんとしてそうな唇に、思わず目が行く。すっごく、柔らかそう。それに、私のを重ね合わせるって、どんな感じなんだろう。

 

 ……空想は、ここで止まる。さっきも、今も。その先の感触、私は知らない。それでも、私の心を鷲掴みにして、離してくれない。

 好き、なのかな、私。こんなこと考えられちゃうとか、逆に、気持ち悪いくらい。恋、なのかな。そう言い切るには、まだ、何か足りてないような。

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