14.膠着
「……そういうこと、してみたいとか、あるの?」
「……まだ、わかんない、考えたこともなかったや」
恐る恐るという感じで訊いてくる声に、曖昧に返す。加奈子さんに抱いた感情には、まだ名前を付けられてない。他に、私が恋した経験があればよかったのに。それすら、今はない。もし仮に、恋だとしたら、……予防線を幾重にも張って、それでも難しい恋だって知ってしまっている。
「そうなの?……一回、考えてみたら、わかるかもね」
「うーん……、まあ、そうなのかも……?」
想像してみたら分かる、か。……恋人らしいこと、手を繋いだり、デートしたり、……キス、したり、……想像しただけで、恥ずかしいようなこととか。……まだ、私の頭の中に、上手く入ってくれないもの。
「紗彩ちゃんは、そうじゃない?」
「うーん……、そういうのって、そういうこと考えなくても出てくるんじゃないかなって」
「紗彩ちゃんって乙女だよね、そういうとこ」
「そう、……なのかな」
でも、確かに、想像してみるのはいいかも。デートするんだったら、本屋さんも巡りたいし、神社とかお寺とかだと、縁結びのパワースポットみたいなのもあるし、そういうのをお散歩しながら巡るのもいいかも。……なんて、すぐに思い浮かんじゃうのは、想像力があるせいからなのか、もう、加奈子さんに毒されてるせいなのか。
それならいっそ、深みに、……なんて言っても、女の子同士のお付き合いは苦手みたいだし。少女漫画みたいに、無理やり奪ってしまえば、……とか、そんな柄じゃないし、そういう形でしたいわけじゃないし、……想像すると、かわいくてしょうがないし。
「そうじゃない?今だって、顔赤くなってるし」
「……っ!ごめん、ちょっと飲み物買ってくるから」
「はいはい、行ってらっしゃい」
逃げだすように出て行こうとして、ギリギリのところで財布を取りに戻る。部屋を飛び出して、閉じた扉が高く鳴るのに私までびっくりする。
……どうせなら、お風呂も一緒に入っちゃえばよかったかな。……でも、やっぱりいいか。頭の中に思い浮かべた光景は、焼き付いたまま離れてくれない。この景色が消えるまで、……せめて、ざわついた心が落ち着いてくれるまでは、お風呂になんて入ったらのぼせそうだ。
昼休み、私たちしかいない文芸部の部室。いつも通り隣に座って、でも、もう戻れない、この感情を知らなかった頃の私には。……なんて、もう、その想像は終わらなきゃいけないのに、ページをめくる手は止まってくれない。