12.夢想
「ごちそうさま、……ふう、お腹いっぱい」
「うん、私も」
そう言いつつも、あんまりそんな素振りは見せてない。私が今食欲がないのは自覚してるけど、それでも紅凪さんの食べっぷりには驚いてしまう。食堂も混んできたから、食休みもそこそこに部屋に戻ろうかな。まだ、七時前だから、お風呂もそんなにぬるまってない。加奈子さんから借りた本もあるし、今日はあの本はおしまいにしようかな。紅凪さんの前で読むのは、なんとなく気が引ける。私の中にある、知らない感情。他の人にいろいろかき回されるのは、何となく嫌。それを察されるのも。私が自分の中身に踏み込まれるのが苦手なだけで、別に紅凪さんがそういうデリカシーのない人だって言いたいわけじゃないのは、言っておきたい。……誰かに。
「……部屋、戻ろっか。落ち着かないし」
「そだね。混んできたし」
その提案には乗っかって、食器を戻す。その後の紅凪さんの軽い足取りには、少しついていけなくなりそうだったけど。宿題も済んだし、予習くらいはするけど、それ以外は好きにできる。今日は、インプットする日にしよう。加奈子さんの本も、面白いものばかりだし、今日は私の知らない作品のを、一気に三巻も貸してくれた。貸してくれるときに、ぼろぼろになっちゃってるけど、なんて照れ笑いして、……それだけ読み込んだってことだろうし、楽しみ。……知らない気持ちの影が、蓋をしてくるけど。頭のなか、パンクしそうなくらいに、今日はもう考えすぎてる。でも、考えないではいられない。抱いている気持ちの正体が。
「そんなに大変なの?小説って。まだ締め切り先なんでしょ?」
「……そうだけど、あっという間に来るものなんだよ。いいもの作りたいからって凝っちゃうと」
まだ、紅凪さんは小説のことで悩んでるって思ってくれてる。それ用に頭を切り替えるのは、いくら言葉をこねくり回すのを趣味でやってても難しい。
恋、させてみたいよな。出会いの季節、新しい繋がりに抱く、知らない気持ち。恋する女の子の物語も、それなりに読んでるつもりではでも、ふわふわして、私のものにはなってくれない。少し背の低い、恋に無邪気に憧れる先輩の影が、つい思い浮かぶ。その人に抱く気持ちも、まだ上手くはまる言葉は見当たらない。
加奈子さんの読ませてくれる少女漫画も、大体、恋の話。知りたいけど、まだ上手く入ってくれない気持ち。加奈子さんはそういうのいっぱい読んでるから、分かってるのかな。純粋に、憧れられるくらいに。「恋って、どんなのですか」なんて、訊けるわけないや、なんか恥ずかしくて。