10.麻痺
宿題を済ませて、それでも時間は晩御飯には早いくらい。首だけ振り返って、紅凪さんのほうを見ると、キリがいいのか思いっきり伸びをしていて、目が合った。
「んー、もう終わった?」
「一応ね、あとは見直しくらい」
「相変わらずすっごいなぁ、今度教えてよ」
「いいけど、期末終わったばかりだからあんまり考えたくないかな」
この前まで勉強ばっかりで、しばらくは触れたくないし。でも、それ以上の理由があることは内緒。まだ、解ける気がしないや。胸の中に潜む気持ちは、どういう名前なのか。どれだけ言葉を繋いでも、私の心から離れた瞬間、それはどこか違うものになる。
「それもそっか、先週は辛かったもんねー」
「それに、紅凪さんだってそこそこできるでしょ?得意科目も一緒だし」
「ま、そうだね。ちょっと言ってみただけ」
私は小説を書いてて、紅凪さんは競技かるたをやっているからか、お互い国語が一番得意で、どっちかというと理数系は苦手。それも、全然ダメとかじゃないのも、私と一緒。せいぜい、得意科目と比べたら点数が低いってくらい。
雰囲気はちょっと違うけど、なんとなく、紅凪さんに、加奈子さんと似てるかも。髪型も近いし、一緒にいると落ち着くのも。でも、やっぱり何か違う。加奈子さんが先輩だからとか、そんなありふれた理由だけじゃ、説明がつかないものが。
「そう?ならいいわ」
「そういやさ、さっき何読んでたの?」
「ああ、それね、……新しいシリーズ、試してたんだ。たまたま見かけたら気になっちゃって」
「そうなんだ、よかったら私にも教えてね?」
「ええ、……シリーズけっこう長いから、半分くらい読んで面白かったらね」
「相変わらずだなぁ、それくらい行くの待ってるからね」
「はいはい」
そう言ってのけぞってた体を戻すのを見て、すぐにシャーペンが紙の上でさらさらと動く音が聞こえる。私も机に向き直って、思わずもれかけた深い息をこらえる。
今すぐ教えなかったのは、別に何かがつっかかったからじゃなくて、ある程度読み進めてよかったのじゃないと、勧めるには失礼かなっていつも思ってること。胸の中のつっかえが恐れてたのは、どんなタイトルか訊かれること。学校の図書室で人気になる程度には名が知れてるし、今まではそういうジャンルには深く手を出してなかったから。そういうの、いきなり読み始めたなんて知られたら、『好き』な人ができたんだろうなって思われそうで。
そういうの、触れられるのも苦手だし、それに、……まだ、この気持ちに名前はないのに。加奈子さんのことは『好き』だけど、それがどういうのか、まだわかんないのに。
胸の奥に、山椒でも入れたようにピリピリする。恋って言えるなら、ズキズキ熱くなってるんだろうけど。何もできてないのをごまかすように教科書のページをわざとらしく音を立てて開く。
どこかにこの気持ちの名前、書いてないかな。胸に、すっと通ってくれるような言葉で。