女として見て欲しいから……
黄昏時は大抵ビルの非常階段に座り込み、太郎と二人でとりとめの無い話で盛り上がるのが日常だった。
太郎は中学からの付き合いで、ナヨナヨとした中性的な体つきと顔が特徴だ。料理と裁縫を得意とし、女子とも気さくに話をする。俺とは正反対な奴だ。
「あのね、今日はガトーショコラを作ってきたの。食べてみて」
小さなチョコレートケーキの様なお菓子が太郎の鞄から取り出された。
―――バクッ!
「あーん! 一口で食べたらダメ~!」
「ん……確かに一口で食べるには味が濃いな」
口の中に広がる甘ったるさを噛み締めると、俺は並々に注がれた紅茶を手渡された。
「ん、センキュ……」
「ふふ、勇君美味しい?」
「ああ。本当にお前は女みたいな奴だな。本当は女なんじゃないのかぁ?」
ふと訪れた沈黙。太郎は少し俯きしどろもどろしている。触れてはいけない話題では無かった筈だが…………
「……あのね……」
「お、おう」
いつもと違う妙な感じが俺にまで伝わり、何故かこっちまで緊張してしまう。
「今まで『何か変だなあ』位にしか思って無かったんだけどね……」
「…………」
「女の子と話していると『あ、同じ感じがする』って違和感無く話せるんだけど、男の子と話していると違和感しか感じなくなっちゃって…………その……今度病院に行こうと思ってるの……」
「…………おう、行ってこい」
「意味……分かってる?」
「分からんが、今までお前が選んできた事に間違いがあったか?」
「ふふ、そう言う所が【男の子】なんだね……羨ましい♪」
「な、なんだよ。どうせ俺はアホだよ……!」
週末に病院に行った太郎は、週明けの非常階段で俺に全てを話してくれた。
「今度専門医に診てもらえる事になったんだ。……やっぱり性認知のズレがあるかも知れないって……」
「今流行りのトランスジェンダーとやらか?」
「んーん。別に流行ってるわけじゃないの。彼等は最初からそこに居たのよ。でもひっそりと生活をせざるを得なかった。それがようやく最近になって自分の存在をアピール出来る様になってきただけ……」
「そ、そうか……すまない」
何時になく真剣な眼差しで見つめられ、俺は非礼を詫びた。
「あのね……服を買ったんだ。可愛いフリルのスカートを……」
「お、おう……」
「今まで着たくても着なかったけど、ちょっとココで着てみても良いかな?」
「お、おう……」
「……アッチ見ててね」
「……おう」
俺は言われた通りに人気の無い物陰から、外の排気ダクトを意味も無く見つめた。太郎のスカート姿は正直想像するのも難しいが、きっと笑ってはいけない事だ。奴は今自分だけでなく世界と向き合っているのだから……。
「……良いよ?」
「お、おぅ……」
視線を太郎へと向ける。俺は……正直何と応えるべきか迷った。何故ならばフリフリの可愛らしいスカートを履いた太郎は、違和感の塊でしか無かったからだ。
「すまん……良く分からん」
「だよね、ごめんね……」
「だがな……お前の顔はとても幸せそうだぞ?」
「……え?」
どことなく吹っ切れた顔の太郎は、憑きものが落ちたかのように爽やかで優しい雰囲気を放っていた。
「そのまま少し歩くか?」
「知ってる人に会ったら嫌だから……」
「俺は良いのかよ」
「勇君には……見て欲しいから……」
「お前のファッションショーをか?」
「女として……見て……欲しいから」
「…………」
「意味……分かってる、かな?」
「分からん。だがお前がそうして欲しいならずっと隣に居てやるぞ?」
「……本当!?」
「ああ。だからココで何でも着ればいい」
「……やっぱり分かってない(笑)」
太郎はスカートから戻ると、テテテと階段を駆け降りてコッチを振り返った。
「ボク決めたよ」
「?」
「女として生きるよ」
「ああ。お前ならきっと上手くいくさ」
太郎は柔やかに笑っては手を振り家路へと着いた。俺も帰るとしよう……。
「ただいま」
「おかえり……アンタ何か香水の匂いしないかい?」
帰宅直後に姉がクンクンと俺の服の臭いを嗅ぎ始めた。自分では全く気が付かなかったが、どうやら香水の匂いが染みついているらしい。
「太郎かな?」
「太郎ちゃん女の子みたいだからね~。アンタら2人並んでるとお似合いカップルみたいだわよ♪」
「…………姉ちゃん」
「な、何? 急に神妙な顔付きで……」
「太郎に『女として見て欲しい』って言われたんだが、俺は何と応えるべきかだったのだろう……」
「んん!? それって『告白』かい?」
「ああ。カミングアウトってやつだな」
「アホ。愛の告白、つまりはプロポーズだよ」
「……え?」
「『え?』じゃないよ。お前はその時何て応えたんだい?」
「……お前がそうして欲しいなら隣に居てやる。って」
「どうせ意味も解らず言ったんだろ?……我ながらアホな弟だ」
「……ああ。そうだな」
「…………」
俺はとぼとぼと階段を上り、自分の部屋のベッドへと横たわった。眼を閉じるとスカート姿の太郎が鮮明に蘇る。
(やっぱり無理な物は無理だ……)
俺はそのまま寝ることにした―――
――翌日――
黄昏時の非常階段を上ると、そこにはスカート姿の太郎が居た。慌てて股を閉じてスカートを押さえる仕草は女の子そのものだ。
「勇君そのバットとグローブは何!?」
「気にするな。今日は野球の気分なんだ」
いつもとは違って、その日は沈黙が多かった。目のやり場に困り太郎とあまり話すことが出来ない。何より話題を選んでしまうと尚更ぎこちなくなる。
「ココに来るまでに誰にも会わなかったか?」
「……何とか、ね」
「よし、今からお前の家に行くか!」
「えっ!?」
俺は太郎の手を引き階段を駆け降りた。スカートを押さえながら太郎が後に続く。
「ほら、持ってろ」
太郎にグローブを渡すと、俺は太郎の家まで歩き始めた。最後に太郎の家に行ったのはいつだったかな?
大通りを太郎と堂々と歩く。たまに太郎をチラリと見る人が居たが、まあ今の所大丈夫だ。
「あれぇ!? 太郎じゃん!!」
ようやく太郎の家の傍まで来たとき、チャラそうな男が一人ニヤニヤとすれ違った。俺は太郎からグローブを取った。
「何その格好!? もしかしてそっちの気があったの!? ハハハハハ!!」
太郎が嫌そうな顔をしているという事は、こいつは敵だな。殺そう。
「おいお前。コレ持ってろ」
「は?」
俺はチャラ男にバットを手渡した。そしてグローブを左手に着けると、思い切りグローブでチャラ男の顔面を殴り飛ばした!!
―――メキョゥ!
「―――あだぁ!!!!」
「勇君!?」
「大丈夫。野球をしているだけだ」
俺は殴った勢いで倒れたチャラ男の襟を掴み前後に揺さぶる。
「忘れたか?」
「な、何を!?」
―――ボゴォ!!
「―――うぐぅ……!!」
グローブでもう一発お見舞いする。これでツーアウトだ。
「お前は太郎を忘れた。そして二度とその面を見せるな……」
「ひっ! ひぇぇぇぇ……!!」
襟から手を離すとチャラ男はバットを落とし、歪んだ顔を押さえながら覚束ない足取りで逃げていった。
「……勇君」
「野球をしただけだ。通報はされない……はず」
バットを拾い、俺は太郎の家の玄関へと入った。
―――ガチャ
「あら、勇君!? 久し振りね!」
「お久しぶりです。そして今日からお邪魔します」
「え?」
「えっ!?」
太郎は後ろで口元を押さえ驚き戸惑っていた。
「何でお前が驚いてるんだよ……言っただろ、『隣に居てやる』ってな」
「……ゆ、勇君……!!」
「あらあら太郎ちゃんったら……泣いちゃって……」
玄関で泣きじゃくる太郎と太郎のお母さん。二人に挟まれ俺は何とも言えない心持ちになったが、これが俺の『応え』だ。
『女として見る』のはまだ難しいが、今まで通り隣で一緒に話すことは出来るだろう。それから一緒に出掛けて、飯食って……風呂はどうするのか知らんが、隣で寝てやろう。
「……勇君……いいの?」
「俺はお前を……『太郎』を見ているよ。要望や意見は遠慮無く言え。俺はアホだから言われないと分からないからな!」
「……ふふふ、ありがとう♪ それじゃあ一つ……いいかな?」
「お、おう!」
「ギューッと……抱きしめて……」
「…………」
「……ダメ?」
「……お母さんの見てない所でな」
「……おっと、これは失礼を!」
泣きながらニヤニヤと笑う太郎のお母さんは、鼻歌を歌いながら台所へと向かった。
久々に入る太郎の部屋は女の子の匂いがした。思わず謎の緊張が全身を駆け巡った。
「ふふ、さ! さ! さ! さあ!」
両手を広げ、俺を待つ太郎。俺は一歩一歩ゆっくりと太郎へと近付き、太郎と熱い抱擁を交わした。
「……先に言っておくぞ。泣くなよ」
「……グスン、遅いよ勇君……グスッ」
俺は見事なまでにサラサラな太郎の頭を撫で、ゆっくりと包み込むように暖めた…………。
読んで頂きましてありがとうございました!!




