改元スピンオフ~桃源郷は何処~
レジスタンス組織の本部でのこと。メゾンが連れてきたタエという少年はまだ目覚めない。奇襲部隊に所属することが決まっていたタタは、早く出立したくて仕方がなかった。
「おいメゾン、僕は早く戦争がしたくて仕方がないのだが?」
「そういうな、タエが目覚めないのだからしょうがないだろう」
メゾンはいつもは冷静沈着でクールなのだが、タエが寝かされている部屋を出てくるときだけは、なぜかにやけているのだ。
「――気に入らんな」
「何がだい?」
「お前はなぜあの新人にそこまでご執心なのだ? 僕は気に入らん」
ふ、とメゾンは笑った。そして茶化すようにタタをこずく。
「嫉妬かい? 君らしくない」
「なっ……」
戦友であるタタにはああ言ったが、タエを急に起こさないのには理由があった。
タエはただの貧民ではない。目的を達成させるために必要であると、ずっと前から目をつけていた存在。そしてその存在は、古文書に記された伝説の再来でもあった。
「慎重に扱うに越したことはない。しかしそれを奴に言っても詮無いこと」
ふむ、と首を傾げ、メゾンは古文書を読み漁る。そこに、面白い記述を見つけメゾンの眉が動いた。
「カイゲン……新しい時代を政府が決定し通達する? そして王が王位を王子に譲る?!」
まともな政府が存在しない世界において、メゾンたちにとって時代を変えるものは天変地異だった。五百年前に起こった大気汚染によって世界は閉ざされ、残されたわずかな土地で人類は醜い争いを繰り広げている。そんな争いに、駒として使われる被差別階級を、解放する戦いが、タエが眠りから目覚め次第、始まる。
「よくわからんな……しかも、その上から目線きわまりない通達を、国民は歓迎していたようだ。解せぬ」
〝政府〟は倒すべき対象でしかない。黒肌の民という被差別階級を、替えの利く戦闘要員としか思っていない、同じ人間にあらざる心の持ち主。
「よくわからんが……この時代は、政府と国民に信頼関係があったのだろうな」
メゾン一人に与えられた、四方を壁に囲まれた書斎の中で、壁の向こうの荒れた土地を思い目を細める。
瘴気に侵されたこの世界で、守られた存在以外は生息可能領域を囲む壁の外に捨てられる。この世界にとって、カイゲンという儀式が存在した時代はどこか夢物語のように思われた。
「でも……――」
メゾンは心を新たにする。
「私はこの腐った世界を変えねばならない――もっとも、メストス階級を弑した後の世界に私は存在しないが、な」
苦笑が向く先は、自分自身。メゾンにとって、彼自身も、弑すべき罪人でしかなかった。