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空域のかなた  作者: 春瀬由衣
信じあえるということ
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そして次世代へ

 暖かい光に促されて瞼を開ける。そうすると、メゾンとタタは既に起きていた。

「なんだよ……? 戦ってたんじゃないのかよ」

 メゾンとタタはというと、タエの起床に気づくや、カラカラと笑ってタエをからかった。

「お前、やっと起きたのかよ。かれこれ一ヶ月も眠りこけていたんだからな?」

「君はもう起きないのではないかとも思ったが、心配は無用だったか」

 見渡せば、目の届く範囲すべてが花畑だった。すっと目を細くして“死後の世界”を悟ろうとするタエが、その思考をすんでのところで止めたのは、花の根が土ではない場所にも張っていることを視認したからだ。

「死体…………」

 不謹慎にも、安心してしまう。それは空襲や瘴気を吸った急性中毒により死んだメゾン区の市民そのもので、自分は自分のもたらした災害の延長線上の世界線に、まだ存在できているという安心感。時間も空間も切り離された、死者たちの世界にいくことは、有難いことに、猶予されたらしい。

 そんなことより、とタエは思った。町を荒らし多数の市民を死に追いやった自分たちは、やはり市民に弾劾されるのだろうか。――披差別民の地位向上のため、死を覚悟して挑んだ作戦だったとはいえ。

「生き残りは今、せっせと木を植えているよ」

 見渡す限り見渡せていることに、今さらタエは気づく。

「壁が、ない……」

 タエの困惑に、タタとメゾンは顔を見合わせ、声をあげて笑った。

「そうか、そこからか。説明するよ」


 二人の話によれば、あの後ファスト亜区のメシアがガスマスクつきの陸軍を引き連れてメゾン区を制圧し、暫定政府の樹立を宣言したのち、国家事業として植林を推進したのだという。

 多大な死者を出した動乱で死体の処理をしたという青年が、彼の信じる学問を熱心にメシアに説いたのだという。瘴気の害を排することができるのは、ただ一つ森林が放出する“善なる空気”である、と。

 闇に閉ざされた世界で、それこそが瘴気から世界を救うただ一つの手段と確信したメシアは、ファスト亜区に戻り軍を整理したあと、メゾン区に向かい再び進軍した。

「それにしても、メシアのやつと森の番人の出会い方が凄まじいよな。メシアの方は死にそびれて、森の番人の方はメシアを処理すべき死体だと思って、火に放りこんだらメシアが目覚めて腰抜かしたんだってよ」


 そうか。こいつらは、あれほど自分たちのすぐそばにあった死というものを、笑い飛ばせるほどには復興したのか。

 タエは満足して二度三度と頷いた。

 思えば、眠りこけていた一ヶ月の間、自分の下敷きになり死んだメゾン区の人間にどう罪の償いをすべきかずっと考えていたように思う。植林、いいじゃないか。もう、スラムとメストス階級を分かつ壁はないのだから。


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