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空域のかなた  作者: 春瀬由衣
信じあえるということ
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何をすればいい

 さっきまで戦っていた相手が急に泡になって消え、タエは、一人だけ取り残された。

 なにか新しい攻撃でも仕掛けてくるのかと機体を上昇、下降、左右に旋回させて見える光景に変化がないか探った。特殊な塗料を塗ることにより光学迷彩が施され、ある角度で相対したときだけ姿が見えなくなる厄介な敵と戦ったこともあったからだ。しかしいくら高度な光学迷彩であったとしても、天性の鷹であるタエには簡単に見つけられてしまう。所詮偽物の風景にすぎない迷彩など、角度を変えて見れば必ずほころびがあるものである。

 しかし、神がなんらかの迷彩により隠れているという確証を得ることはできなかった。タエに見つけられない敵など、存在しない。

「まるで道化じゃないか」

 敵がなんらかの理由で戦線を離脱、あるいは撤退したと仮定する。タエは一人そのことを知らされず滑稽にも周囲への警戒を続けていたのだ。

「卑怯者」

 特に、撤退の許されない戦場にいたタエにとっては、決着がついていないのに片方だけが戦場を離脱するのは許しがたいことだった。とはいえ、気配すら消えてしまっては追撃もできない。


「信じたかったのに、なんで君は!」

 声……いや、戦闘機であるタエに届いたのは正確にいえば通信だった。戦闘によるものと思われるノイズにもかかわらず、すぐ背中で言われたような感覚がした。声の主であるタタはあんなに遠いところで戦っているのに。

 使われている波長帯も気になった。こんなに長い波長帯は空気中を飛ばないはずなのに、なぜタタの声で通信が聞こえたのだろう。幻聴かとタエは戸惑い、敵もいない今、仕方なくタタとメゾンの戦闘空域に向かう。

 近づいていくにつれ、タエは眉間に苦い痛みを覚えていく。身に覚えのない痛みの根源はわからないが、タタのことを見ていられないと目を背けた行動から何かわかるかもしれない。

 タタは泣きながら絶叫していた。鳥の雛が初めて見た動く物体を見たらそれを親と思うのに似て、記憶を失ったタタにはメゾンが肉親にも等しい存在だったのだろう。その絆で結ばれた二人が、なぜ争っているのか見当がつかない。 

 タタから漏れる感情は、同じ空を飛ぶ生き物では蝶のように大仰で、とても危なっかしい。敵に認識される表面積が大きく、ヒラヒラと舞うように飛ぶ彼は、得物を狩るメゾン区の鷹だったタエには、およそ戦闘に向いていない人種に見えた。

 急襲作戦で共に戦ったころには感じなかったタタの特性――記憶というバックグラウンドがあって培われた性格ではなく絵描きの使う布に写真を貼ったような、遠近感のない人格だったタタが、何か意思を持って吠え、泣いている。もしや、とタエは感じた。記憶でも取り戻したのではないか、と。それならば彼にも身に覚えがある。

 記憶、というものとは少し違うが、タエには、身に宿した神が誕生した五百年前のある日の光景を見たときに、自分のルーツを知れたある種の安堵とともに、確かに怒りも少しはあった。自分の知らない場所で自分の生が規定されたことに対する感情である。

 タタが記憶を取り戻し、その記憶により苦しみ、メゾンと戦っているのなら、やるべきことは一つのように思えた。

 タタこそが、この後の世界に生きるにふさわしい。よって、メゾン機を駆逐する。

 メゾン区の空の三つ巴が、熾烈を極めていく。

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