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空域のかなた  作者: 春瀬由衣
理由などなくとも、戦え
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つかの間の優しさ

「――何のつもりだよッ」

 泣きべその子どものような声でタタは泣いた。タタそのものである戦闘機は、メゾンを射程に捉える直前に銃口を市民から逸らし、機体を上昇に転じさせた。

 気勢が削がれたのは一瞬にすぎない。タタは縦に一回転して、また市街地を眼下に捉える。確かにメストスという階級自体が、今や瀕死の状態である。瘴気に慣れていないが故に、そしてタタのように息を吸わなくても生きられる改造人間でないが故に、今まで彼らが目を背け、虐げてきた黒肌の民が生き延び、彼らは自身はほんのわずかな瘴気でたちまち死んでしまうのだ。

「だから終わりにしようってか? メストスも苦しんでいるから慈悲の心を以てして許して差し上げろと?」

 瘴気で市民たちが死んでいく地獄絵図を、タタはメストス階級の市民たちが無意識に犯した罪に対する、正当な罰だと考えた。打ち破るべき壁が自壊しつつあるからといって、壁に陽の光を遮られ続けてきた被差別階級が壁をご丁寧に作り直してやることもないだろう、それがタタの怒りの源だった。

「あんたはどっちの味方なんだよ! メストス階級として生まれ、ひょんなことからその腐敗ぶりをその目で見たはずのあんたは、なんでその腐った野郎(・・・・・)に手なんて差し伸べられるんだ! おかしいじゃないか! あんたの行動原理には筋が通っちゃいない!」

 長く連れ添った盟友だからこそ、断絶の堀も深い。何をもっても埋められないと悟ったメゾンは、究極の決断へ心が揺れ動く。

 死に絶えていく人間、膠着(こうちゃく)状態の破壊神との闘い、そして町を焼いた敵だと市民に認識されるのが怖くて何もできない自分……その自分の情けなさになんとか踏ん切りをつけようとする。――やはり戦わねばタタを止められないと観念したのだ。そのためにはつまらない虚栄心など捨てるべきだと。

 しかし、最後の最後で、踏ん切りはつかないままだ。ここで自分が戦闘機になり、タタと戦闘を繰り広げなどすれば、市民は自分に失望し、裏切りとみなしかねない。怒れる民衆がどれだけ怖いか、かつての自分たちを見るようにメゾンは恐れた。壁の外に捨てられ毒を吸って生きなければならなかった黒肌の民が、戦闘員としてメストス階級に保護されてなお、心の奥底でメストス階級を憎み続けるさまをメゾンはレジスタンスの長として何人も目の当たりにしてきた。彼らをなだめ、突発的な自爆テロに走らせることなく、組織のなかで生きていけるように訓練させるのはとても大変だったのだ。

 レジスタンスで一番の新入りのナルは特に大変だった。そもそも、同じ黒肌の民出身のレジスタンス構成員を味方と思わせることに難儀した。壁の外のスラムでは、自分以外の誰もが、限りある空気と食料を奪い合う敵である。戦闘能力が抜群に高く五歳にしてメゾン区のパイロットになったナルだが、その幼さゆえに、黒肌の民の年上の子どもたちに食べ物を奪われた嫌な思い出しかない。同じメゾン区の戦闘員さえ、味方と認識できていなかった。そもそも彼に、彼自身がいる戦場が区同士の領土を奪い合う戦争という図式であったことを理解できていたかすら怪しかった。

「――ん?」

 そんなナルの情緒が安定したのは何がきっかけだったか。メゾンは記憶を手繰り寄せる。そして思い出した。

「勉強……あの子は数字や文字を覚えるのを面白がっていたな……」

 知識の吸収速度が、同じ年代の子らに比べて格段に大きい彼を思い出して、メゾンは肩の力を抜いた。子どもはいつでも未来への希望となりえる存在だ。メゾンにとって、レジスタンスで共に過ごした仲間はすべて、自分の意思を間違いなく継いでくれる子どものようなものだった。

「あの子らがいれば……私は、死んでも悔いなどない」

 それに、元々急襲作戦が終われば自決するつもりだったじゃないか、とメゾンは自分に失笑した。メゾン区の悪しき兵器を作り上げたのは、他ならぬ自分なのだから、新しい秩序に自分など必要ない。

「…………タタ、一寸(ちょっと)話をしよう。そうだな、君が初めて目覚めたときのように」

 父が子に諭すような優しさと、それでいて有無を言わさぬ強制力があった。タタは不思議なことに、操縦の自由度を失ってしまう。

「メゾン! お前今何をした!」

 ハンドルを右に切ろうが思い切り押し込もうが経路を一ミリも変えることなくメゾンの元に真っすぐ飛んでいく機体に、タタは戸惑う。機体そのものにトランスフォームしている彼にとっては、催眠術にでもかけられている気分だろう。

「さぁ、おいで。大丈夫、怖がらなくていいから」

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