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空域のかなた  作者: 春瀬由衣
理由などなくとも、戦え
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メストスの敗北

 静かに、冷ややかに瘴気の足音が近づいてくる。

 森林があるゆえに瘴気を排除できていた、人類最後の楽園が徐々に侵されていった。

 タエ、メゾン、タタは改造人間であるから空気を吸わない。よって、周囲の人間たちが不意に目を剥き、胸をかきむしって倒れていく原因に気づくのが遅れた。

 かつての彼らなら、自分たちを虐げてきた特権階級の死には狂喜しただろう。特権階級を無力化し自分たちの秩序を作るために、メゾン区都へ、市民への無差別爆撃をも含む急襲作戦を立案したのだ。

 レジスタンスにとってメストス階級は弑すべき敵だった。皆殺ししないのは、少なくとも労力がかかり面倒だからだった。その命への無意識上の差別意識が、ゆっくりと塗り替えられていく。

 タエが生きているのは、彼の下敷きになったメストス階級の男がいたからだ。タエはもう、彼ら全員に対する憎しみなんて持ち合わせていない。

 メゾンも然りである。かつてヴァンという名でメゾン区に仕え、権力が弱者の命と人権を蹂躙するのを目の当たりにした。それがメゾンをレジスタンス設立に走らせた直接の原因であるが、そもそも弱者とは何も知らされず人体実験に使われたタタのような市民も含まれる。

 その当たり前の事実に、メゾンは直面を余儀なくされた。胸かきむしり死にゆく彼らに何もできない無力感である。

 タエによって腰を砕かれた破壊神に振り落とされてからずっと、メゾンは死にゆく者の救護を行っていた。――その心変わりを、裏切りと見なす者がいた。

 タタ、彼はメストス階級の出身でありながら、メストス階級を憎む者。彼は破滅的意思に呑み込まれ、全ての人間を殺した上で自分も死のうとまで追い詰められた。敵のはずの市民を救護する、レジスタンスの(ちょう)を、骨まで残らず焼き尽くさんという勢いだった。

「もう、いいんだ」

 バタバタと倒れていく市民を見ても、特段の感傷なんて抱きやしない。むしろ、黒肌の民が散々に吸い、幼くして死んだ瘴気に、何を今更といった感情である。

 ――自業自得

 この言葉が、タタの脳内を駆け巡った。

「こいつらは罰を受けて死ぬんだ……きっとそうだ」

 ならば、とタタは笑った(・・・)

「僕が手助けしてあげないと」

 タタは戦闘機型に自らの肉体をトランスフォームさせる。そして、眼下の死にゆく者たちに向けて飛び立ち、火の雨を降らせた。


「あれは――タタ?!」

 瘴気により死んだ女の体から目線を逸らした先に見えた風景にメゾンは戸惑う。

「……ッ、タタ、爆撃を停止せよ!」

 通信は届いているはずだったが、返答はない。メゾンは危機感を募らせる。このままでは自分のいる場所も直に爆撃されてしまう。自分も戦闘機型になりタタを無力化することも考えたが……できない。

 仲間だった人間をこの手で殺すことはできないという理由も確かにあった。しかし、メゾンは“破壊神から世界が守られた”後のことを考えていた。

 倒れゆく市民が死を目前にして口々に言うことがある。

『ある日突然やってきて町を焼いた奴らが憎らしい』

『空から火を降らせた人間を殺してほしい』

『子が生まれたばかりの娘の仇をとってくれないか』

 今、自分が戦闘機型にトランスフォームしてしまえば、自分たちが町を焼いた張本人であることが露呈してしまう。そうなれば、既に支配者亡きメゾン区を自分たちが掌握することは難しくなる。

 今すべきことは、タタに攻撃を止めさせること。メゾン自身は火を使わぬままに。それはあまりに難易度の高い作戦だ。

 メゾンはタタの性格や今の状況を熟慮した。一言でタタの戦闘意欲を削ぐ、効果的な文言はないか……――?

 音のしない空に破裂音だけが反響する。その空に向かって、メゾンは声を張り上げた。

「メストスは負けた! 戦闘をやめろ!」

 タタの爆撃が、ホンのわずかに勢いを緩めた。


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