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空域のかなた  作者: 春瀬由衣
理由などなくとも、戦え
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村の消滅

 火はたちまち森を焼き尽くし、住宅街に燃え移った。コンクリートで作られていた建物なら火の回る速さもそれほどではなかったかもしれない。しかし、特権階級が軽視していた森林の周辺はギリギリまで宅地開発が進み、その住宅の多くは森から調達された木材で作られている。

 多少の地揺れで呆気なく崩れ火にも弱い木造建築は、メストス階級のなかでも比較的、社会的地位の低い人間たちが住まう。その家々が、真っ先に火の粉をかぶっていく。

 密集する木造家屋で起こった火災は容易には止められない。火の攻勢を少しでも和らげようと、まだ燃えていない家屋が有志によって壊されたが、人力でやっと作った空き地も簡単に火は飛び越えてしまう。

「こっちはもうダメだ、みんな逃げろ!」

 火の壁で分かたれてしまった向こう側から、追い詰められ、それでも多くの人間を逃がそうともがく男の声が聞こえた。絶望にさいなまれすすり泣く女の声もした。火消しにかけつけた人々は、その声で一斉に逃げ出した。


 森林火災は、誰も想定できなかった新たな危機も産み出した。町の外れの、メゾン区を囲む壁のふもとの小さな村に、都市部の混乱から織物が売れず、普段より早く帰途についた行商の青年が帰還する。

 村の入り口に吊るされたカウベルをカラカラと鳴らし荷下ろしの人員を要求するが、物音一つ村からは返らない。

「チ、俺一人でやれってか。大方ジジババ様方が朝まで呑んで眠りこけているのだろう。今日は町中でドンパチやってて商いどころじゃなかったし、泣きっ面に蜂だよ」

 嫌味らしからず大声で口を述べてみたが、やはり誰も反応する様子はなかった。

「…………おかしい。人が寝てようが犬っころは吠えるはずなんだがな」

 カウベルが鳴れば吠えて村人に来客を告げるよう、訓練された犬が三匹いる。まさか全部が、体を崩しているとでも?

 嫌な予感が、ヒタヒタと足元から青年に這い上がる。青年は荷下ろしもそこそこに、勢いよく村長の屋敷に向かった。

 青年の懸念は当たらなかった。壁が破られ“野蛮で汚い”黒肌の民に襲撃されたわけでも、盗賊に荒らされた形跡も見当たらない。 ――だからこそ、不気味だった。無傷なまま、村人全員が目を剥いて冷たくなっていた。

 村には薬師もいる。彼は食あたり程度なら治せる力があるし、何より生半可な病なら対処もできぬまま全員が死ぬわけがない。

「なにが……一体なにがあった……」

 一ヶ月後に結婚を控えた村長の娘も、ハンカチの刺繍が途中のまま力尽きていた。村の風習で、将来を誓いあった男女が贈りあう縁起物だった。

 村長が取り決めた縁談で、大して思い入れがある相手だったわけではない。ただ、自分がハンカチを用意していなかったことだけが妙に心を締め上げる。

 その胸の痛みの大きさが、不連続に跳ねあがった。

「ぐ…………ぅ」

 バクバクと空回りするように打つ心臓、忙しなく収縮しやがらなにも取り込めていない肺、腰から肩を槍で貫かれたかのような激痛。

「あ…………あ……――」

 思い残したことは特になかった。田舎の外れの、都会から見放されたかのような土地でいつかは一生を終えるのだと諦めていた。

 だが、こんなに急に、誰にも別れを言えぬまま死ぬことだけは、青年にとって納得できないことだったろう。


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