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空域のかなた  作者: 春瀬由衣
理由などなくとも、戦え
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デジャヴ

意図をもって、理解して、それでも戦うためにこの場にいる人間とは違い、いつもと同じような生活が続くと思っていたメストス階級の一般人たちは、降って湧いた大災害の前にただうろたえるしかなかった。

 神に踏みつぶされた人、崩れ落ちる家屋に潰された人、生きながらにして焼かれた人があった。確かに彼らは、自分たちの生活を支える巨大な差別にあまりにも無関心で、壁の外のことなんて考えもしなかった、壁の外のスラムに生きる者、生きていた者にとっては敵以外の何者でもなかった。しかし、だからって人をこんな風に、むやみやたらに殺していいものじゃない。

 レジスタンスによる空襲や神の暴虐を免れた一部の幸福な地区では、市民が災いに対し怒りを募らせていた。

 この世のものとは思えぬ巨人、その周りを飛び交う人型や戦闘機型に変形する奇妙な生命体。低空爆撃のターゲットにされ辛うじて致命傷を得なかった少女の証言が、人々の怒りに火をつけた。

 曰く、機械が自分を撃つ前にため息をついたと。まるで人を殺すことに何の躊躇もないサイコパスのようだったと。

 彼らにとってタエたちは未知の敵。話が通じる相手とも、同じ人間とももはや思っていなかったから、平和裏に抗議の意思を伝える段階をすっ飛ばして、市民は瞬時に暴徒化した。

 奴らを殺せ! 奴らを傷つけろ! 一歩ても多く奴らに近づけ!

 仲間の屍を踏みつけることも厭わないという論調で、武器すら持たぬ生身の人間が到底敵わないだろう敵に対抗しようとする。それはさながら要塞を正面突破するほどには愚かで犠牲も多くでる作戦だったが、追いつめられ、生か死かの二択を突きつけられたように群衆は感じるしかなく、そして不可逆的に、自己犠牲を伴う過激さに身を投じていく。

「ただの蟻でも、群れると結構厄介だ。思い知らせてやれ!」

 群衆は吠えた。


 タエは破壊神と相対する戦場の空域から離れた区域から、一個の塊が近づいてくるのを感じた。

 無秩序で、危なっかしくて、それでいてこの一撃にすべてを賭けているというような、悲壮な決意。それは皮肉にも、レジスタンスの行動原理に即し、メゾンたちを突き動かしたはずのもの。虐げられる側と虐げる側は必ずしも一対一には対応しない。

「厄介なことになった……」

 意図の読めないかつての戦友メゾンと、砕いたはずの腰も瞬く間に再生してしまった手に負えない破壊神、そして背後に迫りくる大きな敵意。流石のタエも、その全てに対応などできない。

 一番無力なのは、烏合の衆である市民である。それを制圧するのが、戦術上は正しいのかもしれない。しかし、それでいいのだろうか、とタエは立ち止まった。逡巡した。戦場であるまじき気の迷いだったが、不思議なことに神は追撃をしなかった。

 敵は殺すもの、憎しみさえ抱かずに地に落とすもの。そう思って生きてきたタエの胸に芽生えた疑問。敵は、殺すしかないのだろうか?

 どう考えても適性体は少ない方がいい。そして味方は多い方がいい。一対一で戦ってきたタエですら、いや、だからこそ痛感していたことだった。その考えゆえに、三機しかいない味方を一機くらい失っても突き進むという、メゾンの急襲作戦に異を唱え撤回させた。

「そうか、そういうことか」

 タエは呟いた。深く納得した。

「そうか……あれはかつての俺たちなんだな」

 傷を負っても、仲間を失っても、前に進まねばならぬという強迫観念のようなものには身に覚えがある。

 メゾン区は壁の中で随一の航空戦力を維持していた。そこに属していた戦闘員だったからこそ、自軍の強さをわかっていた。そして、その膨大な戦闘員を束ねているのはたった一つの制御システムだということも薄々わかっていた。そのシステムが、不審な領空侵犯者を見抜けないはずがない。該当空域に差し掛かったら最後、作戦は不可逆になる。戻ることも立て直すことも許されない。時間が気が気でなく、それでも羽を損傷したタタを救う決断をした。

 その決断が、間違っていたとは、思いたくない。

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