どっち付かず
「僕は…………僕は何を憎めばいいんだ…………………………………………」
頭を抱え、髪をかきむしる。かつての自分がすべての記憶を捨ててまで憎んだメストス階級を、今までのようには憎めない。なぜって、自分が他ならぬ、恵まれた特権階級の出だと知ってしまったから。そして、自分は同じ特権階級の作り出した兵器の試作品だったらしいから。
太陽光を遮るほどに密集して大軍で、地平線から沸いてきた“羽虫”のことはよく覚えていた。メゾン区の区章を機体に刻印したそれは、しかしメゾン区に存在など確認されていなかった軍隊だった。
いや、軍隊ですらない。あれは意図的に墜落させられた黒肌の民の戦士の脳構造と、墜落した機体の破片を繋ぎあわせたキメラであって、自己を持たぬ中枢システムの手足だった。
ただでさえ使い捨てだった、生きる権利もクソもない黒肌の民の戦士たちが、死してなお使役されていたのだと知ったときは本気で吐き気がした。
そのとき、見慣れぬ敵に相対していたとき、妙にメゾンは落ち着いていたように思えた。自分が作ったシステムだから、見慣れぬ敵ではなかったのだ!
メゾンはシステムを開発しただけで、その下で使役されるもののことを知らなかったはずだと作戦本部の総司令のおっさんは言った。しかし、信用なんてできるはずがない。
なぜならメゾンはメストス階級だからだ。憎むべき敵だからだ。――ならば僕は一体? 僕は記憶を失う前は、限られた土地を奪いあう特権階級の傲慢にも気づかずに、壁の外に捨てられた棄児のことも、生き残りが戦争で戦わされていることも、なにも知らずに生きてきたのだろうか。
タタは性別すらわからない、特定の派閥に属することを嫌う人間だった。だからこそ、レジスタンスに身を寄せた多くの「元戦闘員」の話を聞いた。ときに廊下で、ときに書庫で、ときに自分のエリアに人を招いて、聞き手になった。相手は話すと楽になるといい何らかの置き土産を残していく。黙って聞いておけば儲けもんだと聞き流すつもりが、彼らの言は削ぎ落とせないくらいにはタタの体に、精神に染み付いていた。
タエのように、戦いにめっぽう強いわけでも、事務的に敵を落とせるわけでもない戦闘員がほとんどだったろう。殺すか殺されるか、どちらにしろ誰かは死ぬ空域にノコノコ出向き、冷や汗かいて帰陣する。そんな心ここにあらずな生活を長く送りすぎて、精神を病んでいた者もいた。
「――チッ」
僕は、自分がかつてメストス階級であったことを憎らしく思う。それは、記憶が存在する過去からの時間が自分を作っていたからだ。
僕は、やっぱり黒肌の民の立場にしか立てない。だから、僕はタエを信じる。
タエは黒肌の民のなかで、極めつけに腕がいい。
あいつなら、色んなしがらみを解いてくれる――そうであってほしいと僕は願う。
ゼミつらい