三つ巴
「世界は……終わらせないッ」
タエは叫んだ。この赤く染まった不気味な空を、自分の居場所である青空に戻すためなら何をも惜しくない、そんな心持ちだった。悲壮な決意とも言っていい。
しかし、その心持ちも、メゾンが神の肩から言い放った言葉に揺らぎ、飲み込まれそうになる。
「タエ、私も同じ気持ちだ。――だから、死んでくれ」
神は見上げるほど高く、足元には多くの家屋と死体を踏みつけている。その肩から、あの小さな銃の装填音なんて聞こえるわけないのに、タエは確かに自分に向けられる銃の音を聞いた。
人間の舌打ちのような音だった。まるで、自分もこんなことをしたいわけじゃない、と言いたいかのような音ぶり。
「どういうことだ」
思わず問うてしまった。空のためなら何も惜しくないという犠牲のなかに、自分は含まれていないことを意図せず露呈してしまってもいた。
「お前が死ねば、世界の崩壊は止まる」
メゾンの視線は揺るがない。メゾンは戦闘機からヒト型に姿を変え、神の肩に立っていた。何か意味があるのだろうか。
「汝らの言い合いは終わりか」
人が変わってしまったかのようなメゾンに戸惑い二の句が継げないタエに代わり、神が戦いを急かすように口を開く。タエは依然として固まったまま、メゾンが神の肩で頷いたのを見た。どうあがいても、メゾンとの闘いは避けられないらしいとタエは覚悟する。震える手で愛機のハンドルを握り直し、ブォン、と音を立てて空間を上に滑っていく。こうなった背景に理解は追いつかないが、戦わなければいけないならばやることは決まっている。
「敵を落とす」
それはかつてタエの生業だったそれ。仕組まれた闘争本能。それをいち早く感知した破壊神が、タエの動きを封ずるように巨大な掌を横に一文字に振った。横からの強烈な風に煽られてタエはふらつく。しかし次の瞬間には体勢を立て直していた。
「ふ、さすがは第四階級といったところか――うん?」
神は遠回しにタエの操縦技術を称賛してみせた。言い換えればそれだけの余裕があったのだ。勝利し世界を滅ぼすのは他ならぬ自分であると信じていた。
神は首筋に、わずかに金属の冷たい感触を覚えた。そして自分の肩に乗りながら自分に銃口を向ける存在にも直に気づいた。
「どういうつもりだ」
タエも投げかけた問いをメゾンに投げる。メゾンは答えない。神がメゾンに気を取られていたほんのわずかな時間に、タエは破壊神の背後に回り、腰のあたりに照準をあわせていた。タエの愛機に搭載された、自爆装置――敵に殺される前に果てるための機械に指を這わせる。
「特攻するつもりだと思ったら大間違いだ!」
タエは人間の肉体でありながら、自分の戦闘機を再生できる特殊能力を得た。タエは座席を蹴るようにして愛機から脱出し、慣性の法則に従い神の腰にぶちあたり炎をあげて爆発する機体を見届けた。そして神が次の一手を打つ前に、背中を支えるシートから自分の身体に馴染んだ愛機を再生させていく。
一撃は神の腰を砕けさせた。しかし膝をついたところで神は大きく、戦況の優位性を保ったままだ。タエはすぐさま神と距離を置き、上空を旋回する。今の一撃は神の動きを封じるためのもので決定打にするつもりはハナからない。
忌々しげにタエを見つめ、神は振り落とされたメゾンを手のひらで押しつぶそうとする。メゾンはそれを身軽な動きで躱した。
「どういうつもりだ――謀ったか」
短く必要最小限の問いに、メゾンも端的にしか答えない。
「あなたにタエを殺させるわけにはいかないんですよ」
「汝は気づいたのだろう? 依り代を殺せば神の力も弱められると。ならば我の為すことを邪魔だてするのは筋違いではないのか」
「否」
メゾンははっきりと答えた。
「私はタエの手によって世界が守られることを望みます」