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空域のかなた  作者: 春瀬由衣
最終決戦は避けられぬ
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憂鬱(後編)

「……ってここがテラス? 想像してたのと違うんだが?」

 総司令が作ったのは、小屋の前にベンチとテーブルを置いただけの貧相なものだった。

「お前、僕を馬鹿にしているのか?」

「――いや」

 総司令はかぶりを振る。そしてなにやら深刻そうな顔をして頬杖をついた。

「私はね、テラスを知らないんだよ」

 じゃあなんで作ったんだよ、というタタの指摘を総司令は軽くかわし言葉を続ける。

「君は、知っているんだね。安月給で働くメストス階級の住む集合住宅にもないと言われる〝テラス〟を」

「……ッ――、僕は過去を清算して肉体を改造したんだ。自分の性別すら忘れる処理をメゾンに頼んで! 僕の過去を詮索するのは過去の僕に失礼じゃないか!」

「いや、実はそのメゾンも、君の過去については知らないんだよ」

「えっ? どういうことだよ」

「考えなかったか? それぞれのルーツを尊重し、黒肌の民として誇り高く生きることを私たちに教えてくれたあの方が、お前にだけは過去を封じる選択をしたとは思えないんだよ」

「それはッ! それは、過去の僕の要求があまりにも真剣で、メゾンもそれに応えたということなんじゃないのか!」

 タタは総司令の顔を覗き込むようにして問うた。総司令は首を振った。

「タタ、お前はここの最古参のメンバーなんだよ。メゾンがかつてヴァンと名乗りメゾン区内でメストス階級として生きていた頃、使い古しの黒肌の民の戦闘員を〝再利用〟するシステムの開発に関わらされた。そのシステムは〝ム〟と言われ数々の黒肌の民から魂を狩り、自動操縦の機械にしてただの兵器にした。お前は、システムの目的に気づき実験場からヴァンが救い出した、かつてメストス階級の子どもだった人間だ」

「う――嘘だッ」

 タタが信じられないのも無理なかった。タタはメゾンに、自分はかつて黒肌の民で、メストス階級の仕打ちに絶望するあまり人間を恨み、自分自身の構成要素である性別や記憶を含め、すべてを捨てて肉体改造に挑んだ人間だと教えられた。記憶のないタタはその言葉を信じざるをえず、その言葉をなぞるように人格形成を意図して成してきたのだ。

 今さら、自分がメストス階級だったなんて、受け入れられるわけがない。過去の自分が、自分自身を忘れ去っても滅ぼしたいと願ったというメストス階級だったなんて。

「本当だよタタ。だからこそメゾンは、君をいつも近くに置いた。ルーツを大切にする彼だからこそ、知っているわけでもない君の過去を勝手に作るわけにはいかなかったんだ。……メゾンの嘘を許しておくれ。君は実験場でメゾンに発見されたときにはもう、記憶を失い身体は硬質化していたようだから」

 人間の肉体を改造する研究自体に、メゾンは関わっていないと総司令は言葉を継いだ。彼が関わっていたのはシステムの開発だけであると。タタは沈黙する。自分は一体誰なのか、気にも留めなかった難題が自分の視界を覆い隠すような感覚だった。

 しばしの逡巡ののち、出てきた言葉は自分でも意外に思うものだった。

「メゾンのやつ、許せない」

 メストス階級の都合で捨てられ、メストス階級の都合で戦わされ、強くなったら殺され、この屍すら物言わぬ機械となって利用され続ける。そのプロセスの、一番個人の尊厳を(ないがし)ろにしている最後のフェーズに、他ならぬメゾンが関わっていたなんて。

「あいつ――そんなことを……――!」

「タタ、メゾンは悔い改めたんだ。そしてメストス階級の暴虐を止めるべくこの組織を……」

「そしてここから黒肌の民の戦闘員を狩りにいき、帰ってきては僕の肉体をモデルにした人造人間を量産したんだね……!」

 ふつふつと湧き上がる怒りと憎しみ。タタの感情は、例え真実の自分がメストス階級の人間だったとしても、記憶ある限りのタタとしての人生で蓄積されてきた記憶に則るようだった。まるで産みの親よりも育ての親になつく孤児のように――その感情で、育ての親(メゾン)を憎んで。

「タタ……?」

「僕はここを離れる。自分の行き先は、自分で決める」

 世話になったとはいえ、自分の感情がメゾンの息のかかる組織に身を置くことを許さなかった。

「――わかった。達者でな」

 真理を知ったが故の、別離だった。

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