憂鬱(前編)
メゾンが破壊神に相まみえる二日前のこと。
人々が三角錐の建物のなかを浮遊したり滑ったりして忙しなく動くのを、タタは何をするともなしに、顎に手をついて眺めていた。
どうも、気が乗らない。それが第一の感情だった。初めて会ったときから気に食わず嫌ってきたアイツのことを、いつしかそれほどまでに嫌わないようになった。
相も変わらず顔を突き合わせれば喧嘩になる関係性ではあったが、それでも殺してしまえるほどの嫌悪など抱きようがない。要は、顔を突き合わせないと淋しいのだが、本人は認めようとしない。癪だからだ。
「別に同情しているわけではない」
動かないくせに唐突に独り言を言うタタを、タエの次にレジスタンス組織の新入りであるナルが書類を抱えながら迷惑そうにはた目に見ては通り過ぎていく。――ちなみにそのナルは今回の作戦立案の一番の功労者らしい。
年の浅いくせに一丁前に睨みつけてきたナルの瞳を、タタは直視せず視線を逸らした。だって、功労者の顔を見ると認めたくない感情が沸きだしてくる。
ナルの背中が遠くなり、曲がり角に消えたのを見計らって、タタは歯ぎしりをした。こんなはずじゃなかったのに。
「タエを殺さなきゃ世界は救われないってことを発見した奴が〝功労者〟だとよ」
忌々しく呟くさまは、まるで彼の死を惜しむ親友のようじゃないか。それがタタにとっては酷く癪で、こうして日がな一日なにもせず仲間の通路を占領しているのである。
「……気持ちはわかるがな」
総司令の声がした。タタは拗ねた子どものように、通路に座り込んだままそっぽを向く。
「僕のどんな気持ちがわかるっていうんです?」
「タエをみすみす死なすのが嫌なんだろう」
「否、僕はそんな善人じゃありませんよ」
卑下するように言い捨てたタタは、長時間通路を塞いでおいて「邪魔になってるみたいなんで場所変えます」と立ち上がった。
「ん? そうか場所を変えるか。ならばテラスに行こう」
総司令はメゾン区急襲作戦が休止されてから任を解かれ、呼び名だけ〝総司令〟のままなにやら暇を持て余しているようで……なにやら最近は作戦本部に隣接した小屋に籠りなにかを作っている様子なのだ。
「テラスってまさか、総司令また日曜大工したんです? ホントお暇な方だ」
タタとて暇を持て余しているのだが、それを指摘するほど総司令も野暮ではない。
「まぁまぁそういわず、な? 用なしの老人の暇つぶしに付き合っておくれ」