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空域のかなた  作者: 春瀬由衣
はじまり
6/77

腹の探り合い

「――俺と、愛機(あいつ)が、適合しただと?」

 タエは混乱した。自分は肉体と魂を持つ生き物で、自分が乗っていた戦闘機は金属の重い光沢を光らせる機械にすぎないではないか。ヒトの補助としての機械でも、機械を生かすための操縦でもなく、肌が鋼色に変色するほどに機械と肉体が融合するなんて、誰が聞いても考えられない。

 にわかには信じがたい言葉を前に、一方では信じざるをえない思考にもタエは直面する。目の前に立つメゾンの肌は機械の色だ――そう、いくつもの戦いを潜り抜けた傷多き戦闘機のような色合い。

「ついでに胸に手を当ててご覧」

 言われるがままに手を当てて、タエはまた息を飲む。

「鼓動が……ない?!」

 ヒトならば持つはずの生の証明だったはずの心臓の鼓動が、感じられない。それは従来のタエの概念でいえば死そのものである。自分たちが()として海の藻屑にした敵の末路である。さらにいうならば、瘴気を吸って絶命しかけた自分が到達していたかもしれない冷たい未来である。

「そんな……」

 混乱に次ぐ混乱。タエの持つ常識の、タエの持つ定義だと、タエ自身は死者でしかない、それなのに死んでいるはずの自分が、“自分には確かに鼓動がない”ということを知覚し思考している。それは生命活動そのものなのではないのか!? ならば自分は生きながらにして死んでいる? これはどういうことなのか?

 もしかすると、俺は、人間ではなくなったのか……――?

「御明察」

 タエの心を透かし見ているかのように、メゾンはタイミングよくタエの思考とリンクする。その不思議に、タエは気づけないほど熱中していた。

「俺は――ヒトではない。ならばこれはなんだ? 空気の暖かさを、地表への重力を、生身の肉体で感じているかのような感覚は? 私は機械を取り込んでいながら人間でもあるというのか?」

 ぶつぶつと思考を垂れ流しにするタエを見下ろし、メゾンは聞こえないように言った。どこか冷めた目とともに。

「……“適合”は滞りなく完了したが、魂がやや不安定なようだな。やはりいつもと違う(肉体)だと“融合”を果たすのは難しいと見える――」

「――俺は、俺はどうなる」

 虚ろな目が、いつからかメゾンを射抜いていた。そのことにメゾンは不意に気づく。あれほどに意識をあちこちに散らし、着地点を見失っていたタエが、すぅ、とどこか恐ろしくもある収束を経てメゾンを見ていた。自分の返答如何で、肉体改造の副作用の一つである精神分裂が起きかねないと悟ったメゾンは、思考をやめタエの挙動を注視する。

「あんたは同じだ。毒された空気の最貧地区のなかにガスマスクを初めとする万全な装備をつけて、使い捨てる兵士を物色しにきたメストス階級の男に……俺を遺伝子強化して戦闘機に紐付けし、飼い殺した上層部に……。あんたもどうせ俺を“使う”のだろう、ご丁寧に戦闘空域まで出張って俺を釣り、ご親切に機械と身体を合体させて、なにがしたい」

 どこか怒気を含んでいて、それでいてこれ以上なく冷静な声色に、メゾンも押し黙る。と同時に、これは手ごわいと背筋を伸ばした。混乱した人間が一点の思考に集中するときは、物事の本質に迫ろうとしているときだ。

「あんたは言った、戦わずに済む方法を知りたいか、と。ふ、来てみれば手口はメストス階級と同じじゃないか、俺の意思なんてなおざりにして」

 眠らされて起きてみれば自分の肉体が改造されていた。それはタエにとって長きに及ぶ戦いの始まりの再現に過ぎない。

「そういうの、俺は大っ嫌いなんだよ……!」

 言葉の終わりに細く吐き出される息には勢いがある。歯を食い縛り、その隙間からかろうじて漏れている息だ。冷静に見えて、激情もある。

 状況も目的も知らされず、ただ受動的にすべてを行われていたタエは圧倒的に弱い立場だ。もしかしたらタエの命はメゾンの手のひらの上にあり、反抗の兆しを見せたらスイッチ一つで殺されるのかもしれない。それでも、返答次第では()る、という決意をタエは身体中に湛えていた。

 御しやすいのか御しがたいのか、と言いながらメゾンは息を吐いた。深く詮索されない方がやりやすいが、激情は制御しにくいものだ。メゾンはある計画をタエに打ち明ける機会を見計らっていた。

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