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空域のかなた  作者: 春瀬由衣
最終決戦は避けられぬ
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依り代を壊せ

 メゾンは一人空を飛んでいた。自身が(いにしえ)の救世神の生まれ変わりと見込んで組織に引き抜いたタエを、どうやら自分の手で殺さなければいけないらしい。そんなメゾンに定められた運命に同情してか、作戦本部(アジト)の仲間はメゾンを慰める。

 ある者は『神が心清らな者に殺人を課す訳がない』と言い文献が偽典であると断じた。またある者は『平仮名だけを読ませる仕掛けは意味のないものだ』と平仮名だけを拾って文章が成立したのは偶然の産物だと論じた。しかし、メゾンはそれらの議論をしてくれる仲間の優しさを、あえて拒絶した。

 世界は今、崩壊しようとしている。この危機に、感傷は持ち込むべきではない。天蓋は割られ混沌が侵食しつつある世界で、破壊神を止める手段はそれしかないだろうという事実から、目を背けるわけにはいかないのだ。

 というのも、メゾンは元々メストス階級の人間である。政府による統制や検閲があったとはいえ、人類の智の結晶たる文学に、幼い頃から触れられる環境にあった。

 技術者ヴァンとしてメゾン区の最高権力者に仕えた彼は、あまり文学に親しんだというわけではない。しかし知識が全くないというわけでもない。

「神は器によって形を変える水のようなもの、か」

 願いによって神は産まれ、祈りによって神は形を定め、きっかけが神の能力を発現させる。五百年前の民の願いによって破壊神が生まれたのなら、それが忘れ去られ眠っていた五百年の間、神は誰の祈りも受けて来なかったはずだ。――ならば。

 神が宿り、その目を通して世界の現実を神に知覚させ、人が変わらず愚かなら世界を壊してしまえと願われた神の能力発現のきっかけになったタエの肉体を滅ぼすことは、神の力を大きく削ぐことになるはずだ。

「……ッ」

 部下に、タエを殺す作戦の詳細は伝え、すべてを任せてメゾンは先に作戦本部(アジト)を出立した。メゾンは他ならぬ自分自身に、部下らの到着までタエに宿った神を止める時間稼ぎの役割を課した。相手は神、身ひとつ生け贄にしても怒りが収まる保証のない破壊神。それでも、なけなしの自分の命を投げ出して、せめてタイムリミットを一秒でも先伸ばしにしたい。

 何故って、メゾンは虐げられし人々を救いたい。救うためには、世界に滅びてもらっては困る。

 メストス階級の非道も、正しく裁かれるべきである……!

 メゾンは風を全身に感じながら、混沌が侵食しつつある夜空を見上げた。憎いくらいに晴れ渡っているのだろうか、空気が冷え、重く翼に乗しかかる、そんな空を見つめた。

「あっ……!」

 流れ星が、天球を横断した。破壊神が喚んだ混沌が夜空の碧をくすませていたが、はっきりそれとわかる流れ星だった。赤茶色の薄汚い空をツ、と横切っていく。

 メゾンはモーターの動力源をきった。重い空気のなかを滑空しながら、長く保たれた流れ星に、世界の安寧と……できれば、タエを殺さずに済む未来を祈らざるをえなかった。

 メゾンは知らないことだったが、メゾンが目を閉じたその一瞬に、流れ星は祈りに呼応するように(またた)いた。


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