与えられて
通常人間が自覚することのない自分自身の〝生〟の始まりを自覚したような、そんな感覚だった。
今までも、機械の肉体であったとはいえ自分自身の意識があり、自分の思うように肉体を動かせた。自分自身が戦闘機になったり、形状が変化することをそれほど違和感なく受け入れられたのは、それが原因なのだろう。
機械の肉体にも、稼働にはエネルギーが要る。稼働時間も制限がある。摩耗に伴う熱で中心機器系統がやられては困るからだ。唐突に与えられた人のものではない肉体を、それでも自分だと認識したのはその不自由さを〝人間らしい〟と感じたからなのか。
人間の脆い肉体を得て、空を見上げる。肉体と意思があれど、眠りから覚めた神とやらに身体を乗っ取られていたあの時間は、明らかに自分の〝生〟ではなかった。ならば、またやり直してやる。なにやら前途多難な状況ではあるけれど。
「というか、この混沌を非暴力的に解決しろってそんな無茶な」
誰ともなく、人々が逃げ惑うなかに呟いてみる。そもそも、自分の生まれる前から存在した世界の不条理を、よりにもよってその不条理の犠牲者とも言うべき自分が解決しなければならないことに若干の不満を抱いてはいたが――
「神とやらはもう空のかなただもんなあ……」
悪態をつく自分を歯牙にもかけず、自分が露出させた気味悪い空に向かって飛んでいってしまった〝メシア〟を目をこらして見つけようとするが、飛行速度が常人離れしておりもう視認できる大きさは点以下になっていた。
「気は進まないけど俺しかいないもんな……多分」
言ってから、気が付く。メゾン区の最高権力者として、黒肌の民を使い捨てのように使っていた張本人、名も知らぬ区長は今どこにいるのだろうか。
「まさか一人脱出したとかじゃないだろうな」
武器を持たない市民に銃口を向けたときと同じ怒りが身の内に沸き上がったことを確認し、彼は背筋を冷やして目を泳がせた。
「まあ、あれよ。最高権力者に会っとかないと、後々色々あるかもしれないし」
第一作戦目標はメゾン区長の確保、なるべく殺すな、ってとこか。そう彼は呟いて、再び与えられた自身の戦闘機のコックピットを開け、慣れた様子で操縦席についた。
「……あいつ、怪物のことすっかり忘れてやがるな」
タタが呆れるように言った。結局撤退はせず、いつの間にやら地上に降りていた二機は、なぜか活動を停止した古代の生物兵器〝アルファ〟の足元に立っている。
「しかし、なんで止まったんだろうねぇ」
「さあ……」
アルファ自体はこれからも破壊活動を続ける意思はあったように思える。時間が止まり強制的に運動を停止させられた疾走中の動物のような、バランスの悪い不自然な格好でアルファは凍結された。
「これから――どうする?」
タタが尋ねる。メゾンは今度ははっきりと自分の意思を述べた。
「一度作戦本部に戻ろうと思う。私は何か――古文書を読み違えていたかもしれない」