表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空域のかなた  作者: 春瀬由衣
はじまり
5/77

肉体改造

「ん……朝か」

 タエは自分の本当の名を知らない。母親が生まれたばかりのタエを捨てたからだ。少なくとも彼はそう思っている。避妊とは金持ちにのみ許された贅沢で、混沌が支配したスラムの野獣に子を孕まされた女は自力で産むしかないのだ。暴力の末の血の繋がりなど女にとって忌まわしいものでしかなく、そもそも子を抱いて生き抜けるほどの余裕もない。憎しみの末にその場で殺されなかっただけ儲けものなのである。

 機械の身体をしているメゾンに、ここで使う名前を決めろ、と言われたことは覚えていた。だが考えているうちに眠くなり、ついに眠りこけてしまったらしい。空軍時代は自分の睡眠はコントロールできていただけに、自分の変化に戸惑う。

「安心、したというのか? 闘わなくて済むこの環境に? 依然メゾン(やつ)の意図はわからないままなのに?」

 メストス階級のもつ科学技術を凌駕する特殊な技術によって自身の戦場からの離脱は〝戦死〟として扱われているのだろう。それならば確かに安心だ。――あの殺し殺される戦場に、もう行かずに済むのなら。

 タエの懸念はその科学技術にあった。なぜメストスも超える科学を手にしている? それにメゾンは彼自身の所属するなんらかの組織の話をしようとしない。タエをなぜこちら側に引き込み、なぜ今もこうして狭い部屋に軟禁状態にしているのか。目的が分からない以上、メゾンを完全に信用などできるはずもなかった。

 ――そして何より、タエは戦場の空気に飢えていた。

 物心ついたときからタエの魂は空にあった。出撃命令に応え出撃し、策略もクソもないまま最短距離で指定された空域に向かい、相手と一対一の勝負をする。メストス階級は例え敵同士であっても結託を恐れ黒肌の民を少しでも群れさせることを嫌うから、該当する戦闘空域には自機と敵機しかないのである。それが、タエにとっては心地よかった。

 相手の背後をとるために無謀ともいえる技をしかける。揚力の加護を自分から引きはがすように、何度も何度も錐揉み落下を経験し、それでいてその度に生還した。敵機を撃墜させて帰還したにもかかわらず上層部の目は冷たい。それでも――

「お、お目覚めのようだな」

 同じメゾン区第一空軍の出身だというメゾンが部屋に入ってくる。

「私が来る前に起きていたということは、〝適合〟もうまくいっているようだな」

「適、合……?」

 メゾンはタエを真っすぐに見据える。

「自分の手を見てみろ」

 こいつは何を言っているんだろう。そうタエは思った。メゾンの肉体は鋼色で、何かのボディスーツでも着こんでいるのだと思っていたが……――

「こ、これは」

 絶句。タエの身体は色あせたブリキのような色をしていた。不意に震えが止まらなくなった指先で、自分の手の甲を撫でる。その感覚は確かに皮膚同士の接触なのに、色が、人間の肌の色のそれではない。

「感覚も異常はなさそうだな。おめでとう、やっぱり君は選ばれた人間だ。私の目に狂いはなかったよ」

「貴様ッ――! 俺に何をした?!」

「そう怒るな。君の機体をちょっと流用させてもらった」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ