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空域のかなた  作者: 春瀬由衣
許されるなら
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天の火

「空が……割れた?!」

 建物の影に隠れるなどしてメシアの殺戮から辛うじて生き残った住人たちが、姿を見せては今度こそ絶望した。彼らの、そしてメゾンとタタの見た光景はおぞましく、何が起こっているのかわからないまでも世界の滅亡を予感させた。

 青かった空が、天頂を通り南北の地平線に届く直線上から崩壊していく。皮が剥けるように青の空が侵食されていき、剥きだしとなったのは泥のなかに虫が(うごめ)くような奇妙な混沌。

「空が落ちてくるぞ!」

 地上にいる誰かがそう叫んで走りだした。それにつられて他の住民たちも走り出す。しかし彼らの走る方向にも侵食は迫っており、それに気づき何もかもを諦める者もいた。人は皆、空からは逃れられない。寒冷化したとはいえ生命が存在できる気温に世界が保たれているのは、青く澄んだ空という窓が太陽という熱源の恩恵を地上にもたらしていたからに他ならない。

「崩れる――」

「メゾン、これはどういうことだ? お前が見出しレジスタンスに引き抜いた〝野郎〟が空を暗黒に変えやがった……あいつは僕たちも殺す気なのか? 何とか言えよ! メゾン!」

 タエという構成員を迎えた以上、レジスタンスが負けることはあり得ないとメゾンは断言した。それはメゾンが読み解いた古文書の〝救世主〟が人を救うと信じて疑わなかったからだ。人を滅ぼし、世界を破壊し、更地となった世界に新たな種を撒くことは、古き世界の住人からすると青天の霹靂でしかない。

 五百年にわたる神の休眠の期間で、人間は驕りすぎた。狭くなった〝人類の土地〟を有効に分割しようともせず、年端もいかぬ子どもを人口抑制策の一環として瘴気の満ち満ちる、人類の居住区の外に捨てた。かと思えば有史に人類が得た教訓や反省を生かさずただでさえ狭い土地を奪い合う醜い戦争を続けた。そしてその戦争に従軍させられるのは、物心つく前に壁の外に捨てた子ども、すなわち黒肌の民だった。

 同じ種族をあえて区別し一方を優遇、一方を抑圧した例は少ない。五百年前以前の有史にも民族差別は多々あったが、その多くは自分が属する民族を是、それ以外を否となす考えだった。今世界に生き残っているのは世界を瘴気で滅亡寸前に追い込んだ〝赤い髪と赤い瞳の一族〟だけである。

『人々を裁き、世界に静寂と安寧をもたらそう』

 焦土のように赤黒い空の元で、メシアは高らかに告げた。

『ただ――』

 メシアは言いよどむ。

(のり)に反することとなるが、罪深い人々に一度だけ機会を与えよう。ただし一度だけだ。失敗すれば天の火が世界を焼き尽くすことになろう』

 メシアが人類に課したのは、堕落し分断された人類には難しいことであった。メシアはその先導者として一人の人間を指名する。

『……タエ』

 身体の支配権を奪われて久しいメシア本人の意識が、呼びかけられて浮上する。

『お前には生身の肉体とお前の乗機を与えよう。平和的に、この混沌を治めてみせなさい』

 タエと呼ばれたその魂は、鋼の肉体から鋭い痛みをもって引きはがされ、空中に具現したかつての彼そのままの肉体に〝入れられる〟。

「おい待て、俺は了承した覚えはない!」

 久々に身体を得、口が利けることに感傷する間もなく、〝タエ〟は叫んだ。

『ならば世界が滅びてもいいと申すか』

 タエは黙り込んだ。唇が赤く染まった。

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