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空域のかなた  作者: 春瀬由衣
乖離と受難
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きっかけ

 きっと奇跡なんて存在しない。人が奇跡だと思っていることは実は必然なのだろう。

 そもそも、彼にとっての奇跡とは何であるのか。それを、メシア自身もわかってはいない。

 彼を産んだ女性はいたのだろう。そしてその伴侶の男性も。しかし、メシアはその人々を知らない。もしかしたら、今回の虐殺で殺したメストス階級のうちの一人だったかもしれないのだ。

 メストス階級は世界に残されたわずかな区域を壁で囲い、その中でしか生きられない。その生存可能区域を広げる努力をせず、一家庭に一人の子どもしか認めないという人口抑制策でかろうじて人類の文明程度を保っている。絶滅に瀕した人類は本能で多産になるが、その子どもを養える土地がない。土地の能力以上の人間が

 教育施設という名の矯正施設だとは、メストス階級のなかにも勘付いている人はいた。これだけ生まれている子どもをただ収容して問題の解決にはならない、きっと適正のない子どもは殺しているのだろうという考えだった。それ自体おぞましい考えであって、その説を唱えたジャーナリストは真実にたどり着く前に死んでしまった。そのジャーナリストの死を政府の陰謀だと叫ぶ組織も、知らぬ間に気勢をなくした。

 本当に政府の陰謀なのかもしれなかったが、組織が気勢を削がれたのは世論にも理由があった。誰もが――施設に関わっている人間以外の誰もが、自分たちにそれほどの残酷性があると信じたくなかったのである。

 そして、真実はもっと彼らにとって残酷だった。彼らとはあくまで捨てられた子どもであって、優等史観に甘んじられなかったメストス階級のことではない。

 そもそも〝五百年前瘴気と戦った勇者の子孫〟というメゾン区長の権力の正統性の典拠となっている伝説も、風の噂程度の信憑性しかないではないか。


 このままでは、私は本当に世界を滅ぼしてしまうぞ。


 眠りから覚め、タエという人間の身体を気付かれないように使いながら、五百年の間に起こったことを〝思い出した〟。眠っている私の魂の、水晶のように透き通った表面に、五百年にも渡り投影された映像を、走馬灯のように見つめる。

 目覚めた途端に、自分の手で世界を終らせなければならぬ神の気持ちを想ったことはあるか? 長い眠りの果てに、目にしたのがなんら変革のなされていない世界、傲慢なままの庇護対象。

 終わらせねばならぬ、しかし。

 なぜ私はこうも、この世界に未練を残したがるのだろう。

 私が本気であれば、あの程度の意識など抑え込めていた。

 あの男には、きっかけが必要なのだろう。この世界を守る意味に気づかねばならぬ――。

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