告白
もう一人のメシアこと、ファスト亜区長の青年は、砲兵のルシスという男に拘束されていた。
ここはどこなのかもわからない。何も見えないが、まぶたに圧力を感じないからには目隠しをされたわけではなく、純粋に暗い空間にいるのだろう。
そう思って目をこらす。しかし、その闇はあまりに均一で、凹凸のなく、やがてメシアは自分が目を開いているのか閉じているのかさえわからなくなっていく。自分のまぶたの裏を見せられているような感覚だった。
「お前さんの目はちゃんと開いているよ」
闇の一部がゆらゆらと揺れ、やがてぼんやりとした光源になる。
「確かにお前さんにはつれえかもしれないなあ。ここは人っけのない森の中だ。新月も重なりゃこの通り真っ暗さ」
そういいながら「明かりは多い方がいいだろう」と葉巻に火をつける。焚き火から丸めた葉に直接火を移す作業は、見ていて緊張するほどに儚げだった。
「旨いのか」
口にしてから、会話を遮るための拘束具は身に着けていなかったことに気づく。
「……旨かねえよ」
嫌がるように煙を吐き出しては、渇望するように葉巻を咥えるさまは、ルシスのそれから話そうとしていた歴史にも共通するのかもしれなかった。
「なに、あの金属人間たちは世界を滅ぼすと」
「そうさ。お前さんはアルファと一緒に眠ってた古文書を全部読まなかっただろう? 確かに常人がものの十数年で読める量じゃねえ。ただ、赤い帯がついたあの一角だけは目を通しておくべきだった。五百年前、人間が変わらず愚かだった場合世界を破壊する神として生まれ変わるよう生贄にされた子どもがいた」
「それが、あのレジスタンスのなかの誰かということか」
「――メシアだよ。お前さんじゃねえ方の」
古文書にあった救世主とは、人間以外にとっての救いをもたらす者であったのだとメシアは聞く。人間を救い導く意味と信じて疑わず、万民平等を掲げ黒肌の民として初めて区長の座についた彼は、己の為したことと人生そのものの無意味さに直面し、何を言うべきかすらわかりかねていた。
「あっちの方のメシアさんは、本来の意味通り世界を壊そうとしている。こっちのメシアはどうしたい? こんな腐ったヒトという種族でも、お前さんにとっては家族だろう」
その通りだった。市民運動を率い数々の賛同者を得て、ついに従来のメストス階級の市民からも「救世主」と呼ばれたことは、名を持たぬ黒肌の民の彼にとっては換え難い宝であった。
「……――こんな世界でも、私は愛したい。しかしそれはエゴなのだろうか?」
砲兵ルシスは葉巻をプカァと吹かして、笑った。
「そういうと思って、俺はあっちのメシアを密かに殺す算段をつけていた。ファスト亜区に向かって飛んできた三機の戦闘機に、大砲ぶちかましたのはこの俺だ。しかし、当たったのは他の人間だったが」
長い話だった。葉巻はもう親指の先ほどしかない。ルシスは葉巻を地面に擦り付けた。どこか決心をつけたがっているようにも見えた。
「今あっちのメシアは暴走している。いや、あるがままの姿に戻ったとも言えるだろう。そうなったらよほどのことがない限り止まらねえらしいが、まあ、いわば最後の足掻きだ」
「世界浄化の神には、悪魔をぶつけるしかあるまい」